物理 > 第1編 力と運動 > 第4章 円運動と万有引力
電車が急発進すると体が後ろへ引かれる——外から押されていないのに乗っている自分には「見えない力」が働いたように感じます。この正体をつきとめましょう。
まず等速から加速へと変わるとき、車内につるした振り子がどう変わるかを見てみましょう。等速では糸は鉛直、加速すると糸は後ろへ傾きます。
この加速する電車のように慣性の法則が成りたたない座標系を非慣性系、その中で現れる見かけの力を慣性力といいます。
座標を決めます。進行方向を \(x\) の正、電車の加速度の大きさを \(a\)(右向きを正)とし、振り子の糸の張力を \(S\) とおきます。地上で静止している人(慣性系)から小球を見ると、小球は電車と同じ加速度 \(a\) で運動しています。水平方向の合力を \(F_x\) とすると、運動方程式は次のようになります。
$$ ma = F_x $$
ところが電車と一緒に動く人(非慣性系)から見ると、小球は静止して見えるのに水平方向の合力 \(F_x\) が残ったままで、これは「静止=つりあい」と矛盾します。そこで、この \(F_x\) をちょうど打ち消す力 \(-ma\)(大きさ \(ma\)、加速度と逆向きなので負)を補って考えると、車内では次のつりあいの式が成り立ちます。
$$ F_x + (-ma) = 0 $$
つまり地上では運動方程式 \(ma = F\)、車内ではつりあいの式 \(F + (-ma) = 0\) と並べて書けます。この補った力こそが慣性力で、次のように表されます。
慣性力は加速度と逆向きで、大きさは \(ma\)。力を及ぼす相手の物体が存在しないため、作用・反作用が成り立たない「見かけの力」です。地上(慣性系)から見れば、慣性力ははたらいていません。
条件:質量 \(m = 2.0\) kg の荷物を、加速度 \(a = 3.0\) m/s² で発進する電車にのせる。車内から見た慣性力を求める。
慣性力の大きさは公式にそのまま代入して
$$ f = ma = 2.0 \times 3.0 = 6.0 \text{ N} $$答え:大きさ \(6.0\) N の慣性力が、加速方向と逆(後ろ)向きにはたらくように見えます。
電車が発進すると、体は慣性でその場にとどまろうとします。前へ進もうとするシートが体を押した結果、車内の自分には「背中がシートに押しつけられた(後ろ向きの慣性力を受けた)」ように感じられるのです。
Card 1 で導いた慣性力を運動方程式に組み込むと、エレベーターで感じる「体の重さの変化」まで式で言い当てられます。
慣性力は電車に限らず、加速するあらゆる系で同じように使えます。加速度 \(\vec{a}\) で動く観測者が、質量 \(m\) の物体(その観測者から見た加速度を \(\vec{a}'\) とする)を見るとき、実在の力の合力 \(\vec{F}\) に慣性力 \(-m\vec{a}\) を加えれば、非慣性系でもそのまま運動方程式を立てられます。
物体が車内で静止して見えるとき \(\vec{a}' = 0\) なので、右辺は「つりあいの式」になります。これがエレベーターの見かけの重さの計算に直結します。
エレベーターの天井のばねはかりに、質量 \(m\) の物体をつるします。車内では物体は静止して見えるので、物体には重力・ばねの弾性力・慣性力の3つの力がはたらいてつりあっています。
鉛直上向きを正とし、エレベーターの上向きの加速度の大きさを \(a\) とします。慣性力は下向きに大きさ \(ma\)。ばねはかりの示す値を \(N\)(上向き)とすると、つりあいの式は
$$ N - mg - ma = 0 $$
これを \(N\) について解くと、上昇加速・下降減速のときの見かけの重さが得られます。
下降加速・上昇減速のときは慣性力が上向きになるので、同じ立式から \(N = m(g - a)\) となります。
上昇加速・下降減速では重く \(N = m(g + a)\)、下降加速・上昇減速では軽く \(N = m(g - a)\)。自由落下では \(a = g\) となり \(N = 0\)(無重量状態)です。
条件:質量 \(m = 0.50\) kg の物体をエレベーター内のばねはかりにつるす。\(g = 9.8\) m/s²。
上向きに \(a = 0.80\) m/s² で加速しているとき、
$$ N = m(g + a) = 0.50 \times (9.8 + 0.80) = 0.50 \times 10.6 = 5.3 \text{ N} $$逆に下向きに \(a = 0.80\) m/s² で加速(または上昇中に減速)しているときは
$$ N = m(g - a) = 0.50 \times (9.8 - 0.80) = 0.50 \times 9.0 = 4.5 \text{ N} $$等速のときは \(a = 0\) なので \(N = mg = 0.50 \times 9.8 = 4.9\) N。
答え:上昇加速中は \(5.3\) N、減速中は \(4.5\) N、等速中は \(4.9\) N。
国際宇宙ステーションや自由落下するエレベーターの中では \(N = 0\) となり物体が浮きますが、これは重力がなくなったわけではありません。物体もエレベーターも同じ加速度 \(g\) で落ちているため、支える力 \(N\) が不要になっているだけです。重力そのものはしっかりはたらいています。
カーブを曲がる車やメリーゴーラウンドで体が外へ振られる——回転する乗り物の中で現れる慣性力が遠心力です(Card 1 の直線加速版を円運動へ広げます)。
円運動のページで学んだ通り、円運動する物体の中心向き加速度は \(a = \dfrac{v^2}{r} = r\omega^2\) でした。これを「地上から見る立場」と「回転する物体と一緒に回る立場」の2つで見てみましょう。
中心 O へ向かう向きを正とします。地上(慣性系)から見ると、物体は中心向きに加速しているので、糸の張力などが担う向心力 \(F\) は運動方程式より次のようになります。
$$ F = \frac{mv^2}{r} = mr\omega^2 $$
一方、物体と一緒に回転する立場(非慣性系)から見ると、物体は静止して見えます。静止=つりあいであるためには、向心力 \(F\) を打ち消す外向き(負)の力 \(f\) が必要です。つりあいの式 \(F + (-f) = 0\) より \(f = F\)、すなわち
$$ f = \frac{mv^2}{r} = mr\omega^2 $$
この外向きの見かけの力が遠心力です。
遠心力は慣性力の一種です。向きは向心力と逆の外向き、大きさは \(\dfrac{mv^2}{r} = mr\omega^2\) で向心力と等しく、回転する立場でのみ現れます。
条件:半径 \(r = 100\) m のカーブを、速さ \(v = 54\) km/h \(= 15\) m/s で曲がる。運転者(質量 \(m = 60\) kg)が受ける遠心力を求める。
公式に代入して
$$ f = \frac{mv^2}{r} = \frac{60 \times 15^2}{100} = \frac{60 \times 225}{100} = 135 \text{ N} $$答え:外向きに大きさ \(135\) N の遠心力を受けるように感じます。
洗濯機の脱水は、高速回転する槽の中で衣類の水が遠心力で外へ飛ばされる現象です。血液を成分ごとに分ける遠心分離機も同じ原理で、重い成分ほど強い遠心力を受けて外側(底)に集まります。
ここまでに登場した「見かけの力(慣性力)」を、いつ・どちら向きに・どれだけの大きさで現れるかで整理します。
| 見かけの力 | いつ現れる | 向き | 大きさ |
|---|---|---|---|
| 慣性力(直線) | 直線加速する系 | 加速度と逆向き | \(ma\) |
| 遠心力 | 回転する系 | 中心と逆(外向き) | \(\dfrac{mv^2}{r} = mr\omega^2\) |
| コリオリ力(発展) | 回転系で動く物体 | 速度に垂直 | (発展) |
回転する系の中で動いている物体には、遠心力とは別に速度に垂直な向きの見かけの力「コリオリ力」がはたらきます。大きさは \(2m\omega v\)(\(v\) は回転系での速さ)で、北半球では運動方向の右向きにはたらきます。台風の渦が反時計回りになるのはこの力の効果です。
Card 1〜3 で立てた式を、入試で頻出の3つのタイプで使い分けます。
回転・加速する物体の問題は、「地上の運動方程式」と「物体と一緒に動く立場のつりあい」のどちらでも解けます。慣性力・遠心力を書き加えれば、静止=つりあいの式にできて計算が楽になることが多いです。
| 立場 | 使う式 | 書き加える力 |
|---|---|---|
| 地上(慣性系) | 運動方程式 \(ma = F\) | 実在の力のみ |
| 物体と動く(非慣性系) | つりあいの式 \(F + (-ma) = 0\) | 実在の力 + 慣性力・遠心力 |
加速する電車内でつるした振り子は、鉛直から傾いた位置で静止します。非慣性系のつりあいでこの傾きを求めましょう。下の図でスライダーを動かすと、加速度に応じて糸の傾きと力の合成が変わります。
糸の張力を \(S\)、鉛直からの傾きを \(\theta\) とします。
【立式】車内(非慣性系)では、重力 \(mg\)(下向き)・慣性力 \(ma\)(加速と逆向きの水平)・張力 \(S\) がつりあいます。水平・鉛直に分けると
$$ S\sin\theta = ma, \qquad S\cos\theta = mg $$
【計算】辺々を割ると \(S\) が消えて傾きが、2式を合成すると張力が求まります。
$$ \tan\theta = \frac{a}{g}, \qquad S = m\sqrt{g^2 + a^2} $$
このとき振り子から見た「みかけの重力加速度」は \(g' = \sqrt{g^2 + a^2}\) です。
【数値例】\(a = 9.8\) m/s²、\(m = 2.0\) kg のとき
$$ \tan\theta = \frac{9.8}{9.8} = 1 \ \Rightarrow\ \theta = 45^\circ, \qquad g' = 9.8\sqrt{2} \fallingdotseq 13.9, \qquad S = 2.0 \times 13.9 \fallingdotseq 28 \text{ N} $$
【結果】糸の傾きから加速度が読めます(\(a = g\tan\theta\))。傾きを測るだけで加速度が分かるのがこの型のうまみです。
糸につけたおもりが水平な円を描いて回る円錐振り子も、回転系のつりあいで攻めると見通しよく解けます。下の図でおもりが円を回るようすと、力のつりあいを確かめましょう。
糸の長さを \(l\)、糸と鉛直のなす角を \(\theta\)、回転半径を \(r = l\sin\theta\)、速さを \(v = r\omega\)、張力を \(S\) とします。
【立式】回転系で見るとおもりは静止し、中心向きに遠心力とつりあいます。水平(中心向き)と鉛直に分けると
$$ S\sin\theta = \frac{mv^2}{r} = mr\omega^2, \qquad S\cos\theta = mg $$
【計算】辺々を割ると
$$ \tan\theta = \frac{r\omega^2}{g} = \frac{v^2}{rg}, \qquad T = 2\pi\sqrt{\frac{l\cos\theta}{g}} $$
【数値例】\(l = 0.50\) m、\(\theta = 60^\circ\) のとき(\(\cos 60^\circ = 0.5\))
$$ T = 2\pi\sqrt{\frac{0.50 \times 0.5}{9.8}} \fallingdotseq 1.0 \text{ s} $$
【結果】遠心力とつりあいの視点をとれば、複雑に見える円運動も静力学の問題に落とし込めます。
容器ごと液体を回転させると、水面は中心がくぼみ縁が盛り上がった曲面になります。水面のどの点でも、回転系での実効重力に水面が垂直になることから形が決まります。下の図で回転の速さを変えて水面の変化を見ましょう。
中心軸からの距離を \(x\)、水面と水平のなす角を \(\alpha\) とします。
【立式】水面上の質量 \(m\) の微小要素には、重力 \(mg\)(下向き)と遠心力 \(mx\omega^2\)(外向き)がはたらきます。水面はこの合力(実効重力)に垂直なので
$$ \tan\alpha = \frac{\omega^2 x}{g} $$
【計算】各点の傾きを中心から積み上げると、水面の高さは
$$ y = \frac{\omega^2 x^2}{2g} $$
で表され、これは回転放物面になります。
【数値例】\(\omega = 4.0\) rad/s、\(x = 0.10\) m、\(g = 9.8\) m/s² のとき
$$ y = \frac{16 \times 0.01}{19.6} \fallingdotseq 8.2 \times 10^{-3} \text{ m}\ (\text{約 } 8 \text{ mm}) $$
【結果】回転が速いほど(\(\omega\) が大きいほど)水面は縁で高く盛り上がります。