物理 > 第1編 力と運動 > 第4章 円運動と万有引力
「急ブレーキで前のめりになる」——加速する乗り物の中では、実際にははたらいていない力を感じる。
加速度 \(\vec{a_0}\) で運動する系(非慣性系)の中では、質量 \(m\) の物体には実際の力の他に、加速度と逆向きの見かけの力がはたらくように見えます。これを慣性力といいます。
スライダーで電車の加速度 \(a_0\) を変えてみましょう。電車内の振り子が傾く様子と、はたらく力(重力 \(mg\)・張力 \(T\)・慣性力 \(f = -ma_0\))をベクトルで確認できます。
ステップ1:地上(慣性系)から見た物体の加速度を \(\vec{a}\)、非慣性系での見かけの加速度を \(\vec{a}'\) とすると、\(\vec{a} = \vec{a}' + \vec{a_0}\)。
ステップ2:慣性系での運動方程式 \(\vec{F} = m\vec{a}\) に代入すると:
$$ \vec{F} = m(\vec{a}' + \vec{a_0}) $$
ステップ3:非慣性系での運動方程式の形に書き直すと:
$$ m\vec{a}' = \vec{F} - m\vec{a_0} = \vec{F} + \vec{f} $$
\(\vec{f} = -m\vec{a_0}\) が慣性力。非慣性系では実際の力 \(\vec{F}\) に加えて慣性力を導入すれば、運動方程式がそのまま使える。
慣性力は「見かけの力」であり、作用反作用の相手が存在しない。慣性系(地上)から見れば慣性力ははたらいていない。
条件:体重 60 kg の人がエレベーターに乗り、上向きに \(a_0 = 2.0\) m/s² で加速している。体重計の読み(見かけの体重)を求める。\(g = 9.8\) m/s²。
慣性系で立式すると、垂直抗力 \(N\)(体重計が示す値)について
$$ N - mg = ma_0 \quad \therefore\ N = m(g + a_0) $$数値を代入すると、
$$ N = 60 \times (9.8 + 2.0) = 60 \times 11.8 = 708 \text{ N} $$体重計の読み(kg表示)は \(708/9.8 \fallingdotseq 72\) kg。
非慣性系(エレベーター内)では、慣性力 \(f = ma_0 = 60 \times 2.0 = 120\) N が下向きに加わり、見かけの重力が \(mg + f = 588 + 120 = 708\) N になると解釈できる。
答え:体重計は約 \(72\) kg(通常の 60 kg より \(12\) kg 重く表示される)。
エレベーター:上向きに加速する中では体重計の値が増え、下向き加速では減る。自由落下中は体重計が 0 を示す(無重力状態)。慣性力 \(-ma\) が見かけの重力を変えるため。
宇宙ステーション:「無重力」はステーション全体が自由落下しているから。慣性系では重力がはたらくが、加速度 \(g\) で落下する系から見ると慣性力 \(mg\)(上向き)と重力 \(mg\)(下向き)がつりあい、見かけ上無重力になる。
これらはアインシュタインの等価原理(重力と加速度は区別できない)の日常的な例だ。
慣性系と非慣性系では力の見え方が異なる。同じ現象を2つの立場から観察することで、慣性力の本質を理解しよう。
円運動する物体とともに回転する座標系(回転座標系)では、物体に中心から外向きの慣性力がはたらくように見えます。これを遠心力といいます。
左が地上(慣性系)から見た円運動、右が回転する系から見た力のつりあいです。遠心力は質量・速さの2乗に比例し、半径に反比例する。ω や r を変えて遠心力の大きさがどう変わるか確認しましょう。
| 慣性系(地上から見る) | 非慣性系(加速系から見る) | |
|---|---|---|
| 運動の法則 | ニュートンの運動法則がそのまま成立 | 慣性力を導入すれば運動法則が成立 |
| 力の種類 | 実在の力のみ(重力・張力・摩擦力など) | 実在の力 + 慣性力(見かけの力) |
| 作用反作用 | すべての力に反作用がある | 慣性力には反作用の相手がない |
| 等速直線運動の物体 | 合力 = 0 | 合力 ≠ 0(慣性力がはたらく) |
| 円運動の記述 | 向心力で中心向きに加速 | 向心力と遠心力がつりあい静止 |
条件:加速度 \(a_0 = 3.0\) m/s² で加速する電車内に吊り下げた振り子が鉛直方向から角度 \(\theta\) だけ傾いた。\(g = 9.8\) m/s²。
非慣性系で考えると、重力 \(mg\)(下向き)と慣性力 \(ma_0\)(加速と逆向き)の合力方向に糸が傾く。
$$ \tan\theta = \frac{a_0}{g} = \frac{3.0}{9.8} \fallingdotseq 0.306 $$逆正接をとると、
$$ \theta = \tan^{-1}(0.306) \fallingdotseq 17° $$見かけの重力加速度は
$$ g' = \sqrt{g^2 + a_0^2} = \sqrt{9.8^2 + 3.0^2} = \sqrt{96.04 + 9.0} = \sqrt{105} \fallingdotseq 10.2 \text{ m/s}^2 $$答え:振り子は加速方向と逆向きに約 \(17°\) 傾く。見かけの重力加速度は約 \(10.2\) m/s²。
台風:地球の自転による慣性力の一つ「コリオリ力」は、北半球では運動方向の右向きにはたらく。低気圧に吹き込む風がコリオリ力で右に曲げられた結果、北半球の台風は反時計回り、南半球では逆に時計回りに渦を巻く。
洗濯機の脱水:回転する洗濯槽で衣類の水が遠心力で外側に飛ばされる現象。慣性系から見れば水は慣性で直進しようとしているだけで、遠心力ではなく慣性の法則で説明できる。
加速度 \(\vec{A}\) で動く座標系(非慣性系)での物体の運動を考えます。地上(慣性系)での物体の位置を \(\vec{r}\)、非慣性系での位置を \(\vec{r}'\) とすると:
$$ \vec{r} = \vec{r}' + \vec{R}(t) $$
2回微分すると \(\vec{a} = \vec{a}' + \vec{A}\) です。慣性系での運動方程式 \(m\vec{a} = \vec{F}\) を非慣性系に書き換えると:
$$ m\vec{a}' = \vec{F} - m\vec{A} $$
\(-m\vec{A}\) が慣性力(見かけの力)です。回転座標系ではこれに加えてコリオリ力 \(-2m\vec{\omega}\times\vec{v}'\) と遠心力 \(-m\vec{\omega}\times(\vec{\omega}\times\vec{r}')\) が現れます。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
加速度 \(a\) で加速する電車内で質量 \(m\) の振り子が傾く角度 \(\theta\):
非慣性系で考えると、重力 \(mg\) と慣性力 \(ma\) の合力方向に糸が傾く。
\(\tan\theta = \dfrac{a}{g}\)
見かけの重力加速度は \(g' = \sqrt{g^2 + a^2}\)。
慣性系(地上)で解く:実在の力のみで運動方程式を立てる。加速度を直接求める。
非慣性系(加速系)で解く:慣性力 \(-m\vec{a_0}\) を追加し、つりあいの式として解く。
ポイント:非慣性系で解くと「つりあいの問題」になるので、静止状態の分析がしやすい。慣性系で解くと運動方程式が直接使えるが、加速度の向きの設定が必要。どちらも同じ結果になるので、状況に応じて使い分ける。
角速度 \(\omega\) で回転するバケツ内の水面の形状:
回転系で考えると、水の微小要素に重力 \(mg\)(下向き)と遠心力 \(m\omega^2 r\)(外向き)がはたらく。
水面はこの合力に垂直になるので、\(\tan\theta = \omega^2 r / g\)。
水面は回転放物面 \(y = \omega^2 r^2 / (2g)\) になる。