物理 > 第2編 熱と気体 > 第1章 気体のエネルギーと状態変化
「気体の圧力はなぜ生じるのか?」——目に見えない分子の運動から,巨視的な圧力や温度を導く。
気体は膨大な数の分子が容器の中を高速で飛び回っている。 分子は互いに衝突したり,容器の壁に衝突したりしながら,さまざまな速さ・方向で運動している。 この運動を統計的に扱い,圧力や温度といった巨視的な量を導く理論を気体分子運動論(kinetic theory of gases)という。
このモデルを使って、分子の速さから気体の圧力を導いてみよう。圧力の正体がわかれば、前節の \(pV = nRT\) に分子の視点から物理的な意味を与えることができる。
1辺の長さ \(L\)〔m〕の立方体の容器に,質量 \(m\)〔kg〕の分子が \(N\) 個入っているとする。 分子が壁に衝突すると力積を与え,その力積の総和が圧力として観測される。
分子の速度の x 成分を \(v_x\) とすると,1個の分子が壁に与える力積は \(2mv_x\) である。 この分子が壁と壁の間を往復する時間は \(\dfrac{2L}{v_x}\) なので, 単位時間あたりに壁に与える力は \(\dfrac{mv_x^2}{L}\) となる。
\(N\) 個の分子による圧力 \(p\) は,分子の速さの2乗平均 \(\overline{v^2}\) を用いて次のように表される。
条件:\(N = 6.02 \times 10^{23}\) 個、\(m = 4.65 \times 10^{-26}\) kg(N₂分子1個)、\(\sqrt{\overline{v^2}} = 500\) m/s、\(V = 0.0224\) m³
$$ p = \frac{1}{3}\frac{Nm\overline{v^2}}{V} = \frac{1}{3} \times \frac{6.02 \times 10^{23} \times 4.65 \times 10^{-26} \times 500^2}{0.0224} $$\(500^2 = 2.50 \times 10^5\) と計算して整理すると、
$$ = \frac{1}{3} \times \frac{6.02 \times 10^{23} \times 4.65 \times 10^{-26} \times 2.50 \times 10^5}{0.0224} \fallingdotseq 1.04 \times 10^5 \text{ Pa} $$答え:\(p \fallingdotseq 1.0 \times 10^5\) Pa(\(\fallingdotseq\) 1 気圧と一致!)
気体の密度 \(\rho = \dfrac{Nm}{V}\)〔kg/m³〕を使うと,よりシンプルに
と書ける。圧力は分子の運動エネルギーの平均に比例することがわかる。
x 軸方向の速度成分 \(v_x\) をもつ分子が,x 軸に垂直な壁(面積 \(L^2\))に弾性衝突する場合を考える。
分子の運動はランダムなので \(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\) であり, \(\overline{v^2} = \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2} = 3\overline{v_x^2}\) より \(\overline{v_x^2} = \dfrac{1}{3}\overline{v^2}\) を代入して完成する。
温度スライダーを動かして,分子の速さがどう変わるか観察しよう。 分子は速さに応じて色分けされ(青=低速,緑=中速,赤=高速),右側に速さの分布が表示される。 壁に分子が衝突すると壁が光る。
温度と体積の両方を変えて,圧力がどう変化するか確かめよう。 体積を縮めると分子の衝突頻度が上がり圧力が増大する。 右側の速度分布ヒストグラムと理論曲線(マクスウェル分布)を比較しよう。
室温(約 300 K)での窒素分子(\(\text{N}_2\))の2乗平均速度の平方根(rms速度)は約 517 m/s, 水素分子(\(\text{H}_2\))では約 1920 m/s にもなる。 音速(約 340 m/s)を超える速さで分子が飛び回っている。
前のカードで、圧力が分子の速さの2乗平均 \(\overline{v^2}\) に比例することがわかった。一方、前節で学んだ理想気体の状態方程式 \(pV = nRT\) は圧力を温度と結びつける。この2つの式を比較すれば、「温度とは何か」の分子レベルでの答えが得られる。
分子運動論から導いた圧力の式 \(p = \dfrac{1}{3}\dfrac{Nm\overline{v^2}}{V}\) を変形すると
$$ pV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2} = \frac{2}{3}N \cdot \frac{1}{2}m\overline{v^2} $$一方,理想気体の状態方程式は \(pV = nRT = Nk_{\text{B}}T\) である。 ここで \(k_{\text{B}}\) はボルツマン定数で \(k_{\text{B}} = \dfrac{R}{N_{\text{A}}}\) である。 両辺を比較すると
条件:\(T = 300\) K、\(m = 4.65 \times 10^{-26}\) kg(N₂分子1個)、\(k_{\text{B}} = 1.38 \times 10^{-23}\) J/K
\(\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T\) より
$$ \overline{v^2} = \frac{3k_{\text{B}}T}{m} = \frac{3 \times 1.38 \times 10^{-23} \times 300}{4.65 \times 10^{-26}} \fallingdotseq 2.67 \times 10^5 \text{ m}^2\text{/s}^2 $$平方根をとると rms 速度が得られる。
$$ v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}} \fallingdotseq \sqrt{2.67 \times 10^5} \fallingdotseq 517 \text{ m/s} $$答え:\(v_{\text{rms}} \fallingdotseq 517\) m/s(音速 340 m/s より速い)
分子1個の平均運動エネルギーは絶対温度 \(T\) のみで決まり、分子の種類(質量)によらない。 重い分子は遅く,軽い分子は速く動くことで,平均運動エネルギーが同じになる。
| 温度 \(T\)〔K〕 | 平均運動エネルギー〔J〕 | \(v_\text{rms}\)(N₂)〔m/s〕 |
|---|---|---|
| 200 | \(4.14 \times 10^{-21}\) | 422 |
| 300 | \(6.21 \times 10^{-21}\) | 517 |
| 500 | \(1.04 \times 10^{-20}\) | 667 |
| 1000 | \(2.07 \times 10^{-20}\) | 943 |
▲ 温度が2倍 → 運動エネルギーが2倍,rms速度は \(\sqrt{2}\) 倍
上の式を \(\overline{v^2}\) について解くと
2乗平均速度の平方根(rms 速度)は \(v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\dfrac{3k_{\text{B}}T}{m}}\) である。 温度が高いほど,また分子の質量が小さいほど,分子の速さは大きくなる。
温度を変えると分子の速度分布がどう変化するか比較できます。高温ほどピークが右にずれ、分布が広がります。
水素やヘリウムのような軽い分子は rms 速度が大きい。 地球の脱出速度(約 11.2 km/s)に達する分子の割合が多くなるため, 地球の大気から水素やヘリウムは徐々に宇宙空間へ散逸していく。 一方,木星のような質量の大きい惑星は脱出速度が大きいため,水素大気を保持できる。
「温度=分子の速さ」と覚えがちですが、正確には「温度は分子の運動エネルギーの平均に比例する」です。\(\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_BT\) から、同じ温度でも軽い分子ほど速く動きます。20℃の空気中で窒素分子は約510 m/s、水素分子は約1900 m/sで飛び回っています。
ここまでで分子1個の平均運動エネルギーが \(\frac{3}{2}k_{\text{B}}T\) であることがわかった。では、気体全体――膨大な数の分子を合計したエネルギーはどうなるだろうか。これが次の節「気体の状態変化」で中心となる内部エネルギーの正体である。
物質を構成する粒子(原子・分子)は熱運動による運動エネルギーをもち、また粒子間には力がはたらくため位置エネルギーももっている。これらのエネルギーの、物体中のすべての粒子についての総和を内部エネルギー \(U\) という。
理想気体では分子間力を無視する(位置エネルギー = 0)ので、内部エネルギーは気体分子の運動エネルギーの総和だけになる。 単原子分子理想気体では,分子は並進運動の自由度(x, y, z の3方向)のみをもつ。
分子1個の平均運動エネルギーが \(\dfrac{3}{2}k_{\text{B}}T\) であるから, \(N\) 個の分子の総運動エネルギーは
$$ U = N \cdot \frac{3}{2}k_{\text{B}}T $$\(N = nN_{\text{A}}\)(\(n\): 物質量〔mol〕)と \(k_{\text{B}} = \dfrac{R}{N_{\text{A}}}\) を用いると
条件:\(n = 2.0\) mol、\(T = 27 + 273 = 300\) K、\(R = 8.31\) J/(mol·K)
$$ U = \frac{3}{2}nRT = \frac{3}{2} \times 2.0 \times 8.31 \times 300 = 7479 \fallingdotseq 7.5 \times 10^3 \text{ J} $$答え:\(U \fallingdotseq 7.5\) kJ
条件:\(n = 2.0\) mol、\(\Delta T = 500 - 300 = 200\) K
$$ \Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T = \frac{3}{2} \times 2.0 \times 8.31 \times 200 = 4986 \fallingdotseq 5.0 \times 10^3 \text{ J} $$答え:\(\Delta U \fallingdotseq 5.0\) kJ(温度が \(\frac{5}{3}\) 倍 → 内部エネルギーも \(\frac{5}{3}\) 倍)
理想気体の内部エネルギーは絶対温度 \(T\) のみに依存し,圧力や体積には直接依存しない。 したがって等温変化では内部エネルギーは変化しない(\(\Delta U = 0\))。
温度が \(\Delta T\) だけ変化したとき,内部エネルギーの変化は
\(U = \frac{3}{2}nRT\) の両辺の変化量をとると
$$ \Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T $$
温度が上がれば \(\Delta U \gt 0\)(内部エネルギー増加),下がれば \(\Delta U < 0\)(内部エネルギー減少)。 この \(\Delta U\) が、次の節「気体の状態変化」で登場する熱力学第一法則の中心的な量となる。
分子1個の平均運動エネルギーは \(\dfrac{1}{2}m\overline{v^2} = \dfrac{3}{2}k_{\text{B}}T\) である。
\(N\) 個の分子の運動エネルギーの総和は
$$ U = N \cdot \frac{3}{2}k_{\text{B}}T $$\(N = nN_{\text{A}}\) と \(k_{\text{B}} = R / N_{\text{A}}\) を代入すると
$$ U = nN_{\text{A}} \cdot \frac{3}{2} \cdot \frac{R}{N_{\text{A}}} T = \frac{3}{2}nRT $$2原子分子(\(\text{O}_2\), \(\text{N}_2\) など)は並進3自由度に加え,回転2自由度をもつ。 エネルギー等分配の法則により,1自由度あたり \(\dfrac{1}{2}k_{\text{B}}T\) のエネルギーが配分されるので, 2原子分子の内部エネルギーは \(U = \dfrac{5}{2}nRT\) となる。
温度と物質量を変えて内部エネルギー U = (3/2)nRT の変化を確認しましょう。分子の運動の激しさが温度に対応しています。
ルートヴィヒ・ボルツマン(1844–1906)は,分子の運動を統計的に扱う「統計力学」の基礎を築いた。 彼の墓碑には有名な式 \(S = k \log W\)(エントロピーの式)が刻まれている。 当時は原子・分子の存在自体が論争の的であり,ボルツマンは激しい批判にさらされた。
1827年にブラウンが発見した花粉の微粒子のランダムな動き(ブラウン運動)は、1905年にアインシュタインが分子の衝突によるものと理論的に説明しました。ペランがこの理論を実験で検証し、分子の実在が確認されました。アインシュタインの論文が発表されるまで、分子の存在を疑う科学者もいたのです。
理想気体の分子速度はマクスウェル分布に従います。速さ \(v\) の分子が存在する確率は:
$$ f(v) = 4\pi n \left(\frac{m}{2\pi k_BT}\right)^{3/2} v^2 \exp\left(-\frac{mv^2}{2k_BT}\right) $$
二乗平均速度 \(v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}}\) は \(\int_0^{\infty} v^2 f(v)\,dv\) から計算でき、\(v_{\text{rms}} = \sqrt{3k_BT/m}\) が得られます。温度が上がると分布は広がり、ピークが高速側に移動します。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
立方体容器の1つの壁に分子が衝突するとき、運動量変化 \(2mv_x\)、衝突間隔 \(2L/v_x\) から力を求め、全 \(N\) 個の分子について平均をとると \(pV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}\) が導かれます。これと \(pV = nRT\) を比較して \(\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_BT\) が得られる——この導出過程を穴埋めや記述で問う入試問題は非常に多いです。
導出の全体像(穴埋め・記述で頻出):
\(pV = nRT = Nk_BT\) と比較して \(\dfrac{1}{2}m\overline{v^2} = \dfrac{3}{2}k_BT\) が得られる。