物理 > 第2編 熱と気体 > 第1章 気体のエネルギーと状態変化
前節で、理想気体の内部エネルギーは \(U = \frac{3}{2}nRT\) で温度だけで決まることを学んだ。では、気体に熱を加えたり仕事をしたりすると、この内部エネルギーはどう変化するのだろうか? ここではエネルギー保存則を気体に適用した「熱力学第一法則」を導入する。
気体に外部から熱量 \(Q\)〔J〕を加え,外部から仕事 \(W\)〔J〕をされたとき, 気体の内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) は
教科書によって \(W\) の符号の定義が異なる。 本ページでは「気体が外部からされた仕事」を \(W\) とする(\(\Delta U = Q + W\))。 「気体が外部にした仕事」を \(W'\) とすると \(W' = -W\) であり,\(Q = \Delta U + W'\) と書く教科書もある。
熱力学第一法則の中に出てくる「仕事 \(W\)」を具体的に求めよう。蒸気機関やエンジンでは、気体が膨張してピストンを押すことで仕事をする。この仕事の大きさを圧力と体積変化から計算できる。
ピストン付きシリンダー内の気体が,一定の圧力 \(p\)〔Pa〕のもとで体積を \(\Delta V\)〔m³〕だけ膨張したとき, 気体が外部にする仕事 \(W'\) は
条件:\(p = 1.0 \times 10^5\) Pa、\(\Delta V = 0.020\) m³
$$ W' = p\Delta V = 1.0 \times 10^5 \times 0.020 = 2000 \text{ J} = 2.0 \text{ kJ} $$答え:\(W' = 2.0\) kJ(気体が外部にした仕事)
p-V グラフにおいて,気体が外部にした仕事 \(W'\) はグラフと V 軸で囲まれた面積に等しい。 膨張(\(\Delta V \gt 0\))では \(W' \gt 0\)(気体が仕事をする), 圧縮(\(\Delta V < 0\))では \(W' < 0\)(気体が仕事をされる)。
仕事 = 力 × 距離 であり,圧力 \(p\) = 力/面積 なので, \(W' = F \cdot \Delta x = (pS) \cdot \Delta x = p(S \cdot \Delta x) = p\Delta V\)。 これは p-V グラフ上で高さ \(p\),幅 \(\Delta V\) の長方形の面積に等しい。 圧力が変化する場合は,グラフの曲線と V 軸の間の面積(積分)が仕事になる。
熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) と仕事の式 \(W' = p\Delta V\) が手に入った。次は、これらを具体的な条件に当てはめてみよう。体積一定・圧力一定・温度一定・熱の出入りなし――どの量を固定するかで、エネルギーの行き先がまったく変わる。
まず最もシンプルなケース——密封した容器(体積が変わらない)の中の気体を加熱する場合を考えよう。 体積が一定(\(\Delta V = 0\))のまま温度が変化する過程である。 体積が変わらないので気体は仕事をしない(\(W' = p\Delta V = 0\))。
熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) で \(W' = 0\)(\(W = 0\))を代入すると
$$ \Delta U = Q \quad (W' = 0) $$
加えた熱はすべて内部エネルギーの増加に使われる。 p-V グラフでは縦の直線(V 一定)で表される。
条件:\(n = 1.0\) mol、\(\Delta T = 100\) K(定積変化 → \(W' = 0\))
\(\Delta U = Q = \frac{3}{2}nR\Delta T\) より
$$ Q = \frac{3}{2} \times 1.0 \times 8.31 \times 100 = 1247 \fallingdotseq 1.2 \times 10^3 \text{ J} $$答え:\(Q \fallingdotseq 1.2\) kJ(すべて内部エネルギー増加に使われる)
次に、自由に動けるピストンのついたシリンダー(大気圧で圧力一定)の中の気体を加熱する場合を考えよう。 圧力が一定のまま体積と温度が変化する過程である。 気体は膨張しながらピストンを押すので、仕事 \(W' = p\Delta V\) を外部にする。
熱力学第一法則を \(Q = \Delta U + W'\) の形で書き、\(W' = p\Delta V\) を代入すると
$$ Q = \Delta U + p\Delta V $$
加えた熱は内部エネルギーの増加と,気体が外部にする仕事の両方に使われる。 p-V グラフでは横の直線(p 一定)で表される。
条件:\(n = 1.0\) mol、\(\Delta T = 100\) K、\(p = 1.0 \times 10^5\) Pa
内部エネルギー変化:\(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T = \frac{3}{2} \times 1.0 \times 8.31 \times 100 = 1247\) J
気体がした仕事:\(W' = p\Delta V = nR\Delta T = 1.0 \times 8.31 \times 100 = 831\) J
$$ Q = \Delta U + W' = 1247 + 831 = 2078 \fallingdotseq 2.1 \times 10^3 \text{ J} $$答え:\(Q \fallingdotseq 2.1\) kJ(うち 1.2 kJ が温度上昇、0.83 kJ が膨張の仕事)
温度を保ったまま気体をゆっくり膨張(または圧縮)させるとどうなるか。 温度が一定(\(\Delta T = 0\))なので \(U = \frac{3}{2}nRT\) より内部エネルギーは変化しない(\(\Delta U = 0\))。
熱力学第一法則で \(\Delta U = 0\) を代入すると
$$ Q = W' \quad (\Delta U = 0) $$
加えた熱はすべて気体が外部にする仕事に変換される。 p-V グラフでは双曲線(ボイルの法則 \(pV = \text{一定}\))で表される。
最後に、変化が非常に速く進んで熱が出入りする暇がない場合を考えよう。自転車のポンプで空気を急速に圧縮したり、スプレーから気体が急に噴き出す場面がこれにあたる。 外部との熱のやりとりがない(\(Q = 0\))まま圧力・体積・温度が変化する過程である。
熱力学第一法則で \(Q = 0\) を代入すると
$$ \Delta U = W = -W' \quad (Q = 0) $$
断熱膨張では気体が仕事をする(\(W' \gt 0\))ので \(\Delta U < 0\) となり,温度が下がる。 断熱圧縮では仕事をされる(\(W' < 0\))ので \(\Delta U \gt 0\) となり,温度が上がる。 p-V グラフでは等温変化の曲線よりも急な曲線になる。
断熱変化の p-V グラフが等温変化より急になる理由: 断熱膨張では温度が下がるため,同じ体積でも圧力が等温変化のときより低くなる。
| 状態変化 | 条件 | 熱力学第一法則 | p-Vグラフ |
|---|---|---|---|
| 定積変化 | \(\Delta V = 0\) | \(\Delta U = Q\) | 縦の直線 |
| 定圧変化 | \(\Delta p = 0\) | \(Q = \Delta U + p\Delta V\) | 横の直線 |
| 等温変化 | \(\Delta T = 0\) | \(Q = W'\) | 双曲線 |
| 断熱変化 | \(Q = 0\) | \(\Delta U = -W'\) | 急な曲線 |
4 種類の状態変化を p-V 図上で比較しよう。 ボタンでプロセスを切り替え,点をドラッグして変化の途中を観察できる。 塗りつぶし面積が気体のした仕事 \(W'\) を表し,右パネルにエネルギー収支が表示される。
ボタンで状態変化の種類を選ぶと,ピストンの動きと P-V 図上のプロセスがリアルタイムで連動する。 塗りつぶし面積が気体のした仕事 \(W'\) であり,右下にエネルギー収支(\(Q = \Delta U + W'\))が表示される。
ディーゼルエンジンはガソリンエンジンと異なり,点火プラグを使わない。 空気を断熱的に強く圧縮すると温度が数百℃にまで上昇し, そこに軽油を噴射するだけで自然着火する。 これは断熱圧縮による温度上昇の実用例である。
「熱の出入りがないのに温度が変わる」のは不思議に感じますが、熱力学第1法則 \(\Delta U = Q + W\)(\(W\) は気体がされた仕事)で \(Q = 0\) なら \(\Delta U = W\) です。気体が膨張して外部に仕事をする(気体がされた仕事 \(W \lt 0\))と内部エネルギーが減り温度が下がります。自転車のポンプが熱くなるのは断熱圧縮(外部から仕事をされて \(W \gt 0\)、\(\Delta U \gt 0\))の例です。
山を越える風が高温になるフェーン現象は断熱変化で説明できます。湿った空気が山を登ると断熱膨張で冷え、水蒸気が凝結して雨を降らせます(湿潤断熱減率 ≒ 5℃/km)。山頂を越えて乾燥した空気が下りると乾燥断熱減率(≒ 10℃/km)で温度が上がります。登りと下りで減率が異なるため、山を越えた側で気温が高くなるのです。
前のカードで定積変化と定圧変化を学んだ。定積では加えた熱がすべて温度上昇に使われるが、定圧では膨張の仕事にもエネルギーが奪われる。では、同じ温度だけ上げるのに必要な熱量は具体的にどれだけ違うのか? それを定量化するのがモル比熱である。
定積モル比熱 \(C_V\) は,体積一定のもとで気体 1 mol の温度を 1 K 上げるのに必要な熱量である。 定積変化では仕事がゼロ(\(W' = 0\))なので、加えた熱はすべて内部エネルギーの増加に使われる。 \(Q = \Delta U = \dfrac{3}{2}nR\Delta T\)(単原子分子)から、1 mol・1 K あたりの熱量は
定圧モル比熱 \(C_p\) は,圧力一定のもとで気体 1 mol の温度を 1 K 上げるのに必要な熱量である。 定圧変化では加えた熱が内部エネルギーの増加と気体の膨張による仕事 \(p\Delta V\) の両方に使われる。温度上昇に加えて「ピストンを押し返す」分のエネルギーも必要なので, \(C_p \gt C_V\) となる。
\(C_p\) と \(C_V\) の差はいくらか? 定積と定圧の違いは「膨張の仕事があるかないか」だけである。理想気体の状態方程式 \(pV = nRT\) から、1 mol の気体が 1 K 温度上昇するときの膨張仕事は \(p\Delta V = R\Delta T\) なので、\(C_p\) は \(C_V\) よりちょうど \(R\) だけ大きくなる。
この関係はマイヤーの関係式(Mayer's relation)と呼ばれ,単原子分子に限らずすべての理想気体で成り立つ。
条件:\(n = 1.0\) mol、\(\Delta T = 100\) K(単原子分子理想気体)
定積変化:\(Q_V = C_V \Delta T = \frac{3}{2}R \times 100 = \frac{3}{2} \times 8.31 \times 100 = 1247\) J
定圧変化:\(Q_p = C_p \Delta T = \frac{5}{2}R \times 100 = \frac{5}{2} \times 8.31 \times 100 = 2078\) J
差は \(Q_p - Q_V = R \times 100 = 831\) J — これが膨張の仕事に一致。
答え:定圧では定積より 831 J 多い熱が必要(マイヤーの関係式の確認)
1 mol の理想気体の温度を \(\Delta T\) だけ上げる場合を考える。
定積変化:\(Q_V = C_V \Delta T = \Delta U\)(仕事なし)
定圧変化:\(Q_p = C_p \Delta T = \Delta U + p\Delta V\)
内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) は同じ温度変化なら同じだから
$$ C_p \Delta T - C_V \Delta T = p\Delta V $$理想気体の状態方程式 \(pV = nRT\) で \(n = 1\) mol とすると \(p\Delta V = R\Delta T\) なので
$$ (C_p - C_V)\Delta T = R\Delta T \quad \Longrightarrow \quad C_p - C_V = R $$\(C_p \gt C_V\) となる理由:定圧変化では内部エネルギー増加に加えて膨張の仕事にもエネルギーを使うため。 その差はちょうど気体定数 \(R\) に等しい。
| 分子の種類 | \(C_V\) | \(C_p\) | 比熱比 \(\gamma = C_p/C_V\) |
|---|---|---|---|
| 単原子分子 | \(\dfrac{3}{2}R\) | \(\dfrac{5}{2}R\) | \(\dfrac{5}{3} \fallingdotseq 1.67\) |
| 2原子分子 | \(\dfrac{5}{2}R\) | \(\dfrac{7}{2}R\) | \(\dfrac{7}{5} = 1.40\) |
同じ熱量を加えたとき、定積加熱と定圧加熱でエネルギーの配分がどう違うか比較できます。
マイヤーとエネルギー保存則
ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー(1814–1878)はドイツの医師で, 熱と仕事の等価性を世界で最初に明確に主張した人物の一人である。 船医として赤道付近を航海中,船員の静脈血が通常より赤いことに気づき, 暑い地域では体温維持に必要なエネルギーが少ないためと考えた。 この観察がエネルギー保存則の着想につながったとされる。
\(\gamma\) と断熱変化の式
比熱比 \(\gamma = C_p / C_V\) を用いると,断熱変化の関係式は \(pV^{\gamma} = \text{一定}\),\(TV^{\gamma - 1} = \text{一定}\) と表される。 \(\gamma \gt 1\) であるため,断熱変化の p-V 曲線は等温変化の双曲線よりも急になる。
p-V図を読むとき確認すべきポイント:直線なら定圧変化・等温変化・断熱変化のどれか(等温は双曲線、断熱はそれより急な曲線)。面積=気体のした仕事(右向きの過程は正、左向きは負)。サイクルの面積=1サイクルの正味仕事。\(pV = nRT\) から各点の温度を比較できる(\(pV\) が大きい点ほど高温)。
気体がピストンを押して体積 \(V_1\) から \(V_2\) に膨張するとき、気体がする仕事は:
$$ W = \int_{V_1}^{V_2} p\,dV $$
これは p-V 図の曲線と V 軸の間の面積に等しくなります。
等温変化(\(pV = nRT = \text{一定}\))の場合:
$$ W = \int_{V_1}^{V_2} \frac{nRT}{V}dV = nRT\log\frac{V_2}{V_1} $$
断熱変化(\(pV^{\gamma} = \text{一定}\))の場合:
$$ W = \int_{V_1}^{V_2} \frac{C}{V^{\gamma}}dV = \frac{p_1V_1 - p_2V_2}{\gamma - 1} $$
ここで \(\gamma = C_p/C_v\) は比熱比。高校で「面積=仕事」と習う内容は、この積分の幾何学的な表現です。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
入試では p-V 図で示されたサイクル(カルノーサイクルなど)の熱効率を求める問題が頻出です。1サイクルで気体が外部にする仕事 \(W\) は p-V 図の閉曲線が囲む面積に等しく、熱効率は \(\eta = W/Q_{\text{in}}\)(吸収した熱に対する仕事の比)です。各過程で第1法則 \(\Delta U = Q - W\) を適用し、内部エネルギー変化・吸収熱・仕事を求めるのが定石です。
等温変化:温度一定より \(pV = nRT = \text{一定}\) → p-V 図上で双曲線。
第一法則より \(\Delta U = 0\) なので \(Q = W'\)。加えた熱はすべて仕事に変換される。
断熱変化:\(Q = 0\) より \(\Delta U = -W'\)。ポアソンの式 \(pV^{\gamma} = \text{一定}\)(\(\gamma = C_p/C_V \gt 1\))に従う。
\(\gamma \gt 1\) であるため、同じ体積変化に対して圧力変化が等温変化より大きく、p-V 図上で等温曲線より急な曲線になる。
なぜ断熱曲線の方が急か:
入試では「同じ初期状態から等温膨張と断熱膨張した場合の最終状態を比較せよ」という問題が頻出。
解法の手順:
1. 各状態の温度を pV = nRT から求める
2. 各過程の種類(定積・定圧・等温・断熱)を p-V 図の形状から判定
3. 内部エネルギー変化 ΔU = (3/2)nRΔT
4. 気体がする仕事:定圧なら W' = pΔV、定積なら W' = 0
5. 吸収熱:Q = ΔU + W'(第1法則)
6. 熱効率:η = W / Q_in
確認:1サイクルで ΔU = 0 なので W = Q_in − |Q_out| で検算できる。