物理 > 第5編 原子 > 第2章 原子と原子核
「原子の内部はどうなっているのか?」——前節では光の粒子性・物質波といった量子的な性質を学んだ。ここからは、その量子論が原子の構造をどう解き明かしたかを見ていこう。まずはα粒子の散乱実験から原子核の存在が明らかになった経緯をたどる。
20世紀初頭,原子の構造についていろいろな模型が考えられていた。 J.J. トムソン(イギリス)は,正に帯電した球の中を電子が回っているという模型(図22(a))を, 長岡半太郎(日本)は正の電気量をもった球のまわりを電子が回るという模型を発表した。
ラザフォード(イギリス)の研究室で,ガイガーとマースデンは, 高速のα粒子(電気量 \(+2e\))を薄い金箔に当て,通り抜けるときの曲げられ方を調べた。 その結果,ほとんどのα粒子は素通りするが,中には90°以上曲げられるものもあることがわかった。
α粒子の質量は電子の質量の7000倍以上あるから,電子によって大きく曲げられることはない。 そこでラザフォードは,一部のα粒子が大きく曲げられるのは 原子内の狭い部分に集中した正電荷から強い斥力を受けるためであると考え, 実験結果をうまく説明した。
正電荷をもつ原子核と,その周囲を回る電子とからなる原子の模型を ラザフォードの原子模型(Rutherford's model of the atom)とよぶ。
原子の大きさ(\(\sim 10^{-10}\) m)に対し,原子核の大きさ(\(\sim 10^{-15}\) m)は 約10万分の1。原子を東京ドームに例えると,原子核はビー玉程度の大きさしかない。
ニュージーランド出身のラザフォードはα粒子散乱実験の結果を1911年に発表した。 彼は実験結果に衝撃を受け,「大砲の弾を薄紙に撃ったら跳ね返ってきたようなものだ」と語ったといわれている。 この発見は原子物理学の出発点となった。
ラザフォードの実験で原子核の存在はわかった。しかし「電子はなぜ原子核に落ちないのか」「原子が出す光はなぜ特定の色(波長)だけなのか」という謎が残る。その手がかりとなったのが、水素原子の線スペクトルの規則性だった。
高温の固体や液体が出す光は,波長が広い範囲で連続的に分布した連続スペクトル(continuous spectrum)を示す。 一方,高温の気体が出す光は,いくつかの輝線がとびとびに分布する線スペクトル(line spectrum)を示す。 その波長は元素の種類によって決まっている。
最も簡単な原子である水素原子の線スペクトルについて, スイスの数学教師であったバルマーは,輝線の波長 \(\lambda\) の並びに次のような規則性があることを発見した。
$$ \lambda = 3.65 \times 10^{-7} \text{ m} \times \frac{n^2}{n^2 - 2^2} \quad (n = 3,\, 4,\, 5,\, 6) $$
バルマーは4本の輝線を分析したが,のちにこれより大きな \(n\) に対する輝線が紫外線の領域で発見された。 この一連の輝線群をバルマー系列(Balmer series)という。
その後,さらに波長の短い紫外線の領域でも輝線群(ライマン系列,Lyman series)が, また赤外線の領域でも別の輝線群(パッシェン系列,Paschen series)が発見された。 これらすべての系列は,次の形で表される。
| 系列名 | 遷移先 \(n'\) | 遷移元 \(n\) | 波長域 |
|---|---|---|---|
| ライマン系列 | 1 | 2, 3, 4, … | 紫外線 |
| バルマー系列 | 2 | 3, 4, 5, … | 可視光線〜紫外線 |
| パッシェン系列 | 3 | 4, 5, 6, … | 赤外線 |
ライマン・バルマー・パッシェン系列を切り替えて,水素原子の発光スペクトル(輝線)とエネルギー準位間の遷移の対応を確認しよう。
バルマーは1885年,わずか4本の輝線の波長データから見事な数式を導き出した。 当時60歳の数学教師だった彼が物理学に残したこの功績は, のちのボーアの理論に直結する重要な手がかりとなった。
前のカードで、水素原子が特定の波長の光だけを放つ線スペクトルを示し、バルマー系列などの規則性がリュードベリの式でまとめられることを学んだ。ボーアはこの規則性を手がかりに、量子条件と振動数条件という2つの仮定を導入して、原子の安定性と線スペクトルの謎を同時に解き明かした。
ラザフォードの原子模型には重大な難点があった。 従来の電磁波の理論では,原子核のまわりを回転する電子は電磁波を放射し,エネルギーを失う。 その結果,電子の軌道半径は小さくなっていくので,安定な原子を表すことができない。
ボーア(デンマーク)は,水素原子のスペクトル系列に注目し, 次の2つの仮定を設けて水素原子についての理論をつくり,これらの難点を解決した。
原子には定常状態があり,定常状態では電磁波を出さない。 定常状態の条件は,電子の質量を \(m\)〔kg〕,速さを \(v\)〔m/s〕, 軌道半径を \(r\)〔m〕とすると,次の式で与えられる。
この式は,電子波の波長を \(\lambda\) とし,物質波の関係 \(\lambda = \dfrac{h}{mv}\) を用いて書き直すと
$$ 2\pi r = n \cdot \frac{h}{mv} = n\lambda \quad (n = 1,\, 2,\, 3,\, \cdots) $$
となる。これは,軌道の1周の長さが電子波の波長の整数倍になるとき定常状態になることを表している。
電子がエネルギー準位 \(E_n\) からそれよりも低いエネルギー準位 \(E_{n'}\) に移るとき, これらの差のエネルギーをもつ光子を放出する。 また,低いエネルギー準位にある電子は,光子を吸収して高いエネルギー準位に移る。
\(E_n\) は負の値なので,0に近いほどエネルギー準位は高いことに注意。 \(n = 1\) が最もエネルギーが低い基底状態であり, \(n = 2, 3, \cdots\) は励起状態である。
ボーアの理論は量子力学の幕開けとなった。のちにボーアとアインシュタインは 量子力学の解釈をめぐって長年にわたる有名な論争を繰り広げた。 アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と主張し, ボーアは「神に何をすべきか指図するな」と応じたと伝えられている。
古典電磁気学では、円運動する電荷は電磁波を放出してエネルギーを失い、らせんを描いて原子核に落下するはずです。しかし実際にはそうなりません。ボーアの量子条件(定常状態では放射しない)やシュレーディンガー方程式(最低エネルギー状態=基底状態が存在する)が、電子が原子核に落ちない理由を説明します。
蛍光灯は水銀原子が電子衝突で励起され、紫外線を放出し、管壁の蛍光物質が可視光に変換する仕組みです。LEDは半導体のバンドギャップ(エネルギー準位の差)に対応する波長の光を放出します。ネオンサインの赤色はネオン原子固有のエネルギー準位差(640nm付近)に対応しています。
ボーアの理論では電子は決まった軌道を回るが,量子力学では電子の存在位置は確率で表される。 波動関数 \(\psi\) の絶対値の2乗 \(|\psi|^2\) が,その場所に電子が見出される確率密度を与える。 下のシミュレーションでは,各軌道の確率密度に比例した点群で電子雲を3次元的に可視化している。
ボーアの2つの仮定(量子条件・振動数条件)を受け入れたら、次は実際に計算してみよう。クーロン力による円運動の方程式と量子条件を組み合わせると、水素原子の軌道半径とエネルギー準位が具体的な数値で求まり、リュードベリの公式が理論的に導かれる。
水素原子内の電子(質量 \(m\))が原子核(電気量 \(+e\))のまわりを速さ \(v\), 半径 \(r\) で等速円運動するとき,静電気力が向心力のはたらきをするから, 半径方向の運動方程式は
$$ m \frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} $$
量子条件を用いて \(v\) を消去し,\(r\) について解くと
電子のエネルギー \(E\) は,運動エネルギー \(\dfrac{1}{2}mv^2\) と 静電気力による位置エネルギー \(U = -k_0 \dfrac{e^2}{r}\) の和である。 上の結果を代入すると,定常状態でのエネルギーは
条件:\(E_n = -\frac{13.6}{n^2}\) eV より \(E_3 = -\frac{13.6}{9} = -1.51\) eV、\(E_2 = -\frac{13.6}{4} = -3.40\) eV
放出される光子のエネルギー:
$$ E = E_3 - E_2 = -1.51 - (-3.40) = 1.89 \text{ eV} = 1.89 \times 1.60 \times 10^{-19} = 3.02 \times 10^{-19} \text{ J} $$波長を求める:
$$ \lambda = \frac{hc}{E} = \frac{6.63 \times 10^{-34} \times 3.0 \times 10^8}{3.02 \times 10^{-19}} \fallingdotseq 6.59 \times 10^{-7} \text{ m} = 659 \text{ nm} $$答え:\(\lambda \fallingdotseq 656\) nm(赤色光 — バルマー系列の \(H_\alpha\) 線)
基底状態の水素原子をイオン化するのに必要なエネルギー(電離エネルギー またはイオン化エネルギー)は 13.6 eV である。
電子が定常状態 \(E_n\) から \(E_{n'}\) へ移るときに放出される光の波長を \(\lambda\) とすると, 振動数条件から次の関係が導かれる。
これはリュードベリの公式そのものであり,ボーアは水素原子のスペクトルを理論的に説明することに成功した。
量子条件 \(2\pi r = n\lambda = n \cdot \dfrac{h}{mv}\) より \(v = \dfrac{nh}{2\pi mr}\)。 これを運動方程式 \(m\dfrac{v^2}{r} = k_0 \dfrac{e^2}{r^2}\) に代入すると, \(r = \dfrac{h^2}{4\pi^2 k_0 m e^2} \cdot n^2\) が得られる。 さらに \(E = \dfrac{1}{2}mv^2 - k_0 \dfrac{e^2}{r}\) に代入して整理すると \(E_n = -\dfrac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^2} \cdot \dfrac{1}{n^2}\) となる。
フランクとヘルツ(ドイツ)は,低圧の水銀ガス中で電子を加速する実験を行い, 加速電圧が約4.9 Vの整数倍のとき電流が急減することを発見した。 これは電子が4.9 eVの運動エネルギーを得ると水銀原子を励起してエネルギーを失うためであり, 原子にとびとびのエネルギー準位が存在することの実験的証拠となった。
エネルギー準位と振動数条件は水素原子だけの話ではない。すべての原子がとびとびのエネルギー準位をもち、光の吸収と放出によって準位間を遷移する。この原理がわかると、蛍光灯や蓄光シールなど身近な「光る現象」のしくみが理解できる。
原子に光を当てると,光のエネルギー \(h\nu\) がちょうどエネルギー準位の差 \(E_n - E_{n'}\) に等しいとき,原子はその光子を吸収して高いエネルギー準位に遷移する。 逆に,高いエネルギー準位にある原子は光子を放出して低いエネルギー準位に戻る。
水素以外の原子でも,低いほうからエネルギー準位 \(E_1, E_2, E_3, \cdots\) がとびとびの値をとる。 固有X線も,原子内の電子が高い準位から低い準位に落ちるときに放出されるX線として説明される。
高温の気体が特定の波長の光を放出して輝線スペクトル(線スペクトル)を示すのに対し、 低温の気体に白色光(連続スペクトル)を通すと、気体の原子が特定の波長の光を吸収するため、 連続スペクトルの中にいくつかの暗線が現れる。 これを吸収スペクトル(absorption spectrum)という。
吸収スペクトルの暗線の波長は、その元素の輝線スペクトルの波長と一致する。 これは振動数条件(\(E_n - E_{n'} = h\nu\))から理解できる。 太陽光のスペクトルに見られる多数の暗線(フラウンホーファー線)は、 太陽表面から出た連続光が太陽大気中の元素に吸収されたものである。
物質が光(紫外線など)を吸収してエネルギーの高い状態に遷移した後, 即座に光を放出する現象を蛍光(fluorescence)という。 蛍光灯や蛍光ペンが光るのはこの現象による。
一方,光の照射をやめた後もしばらく光り続ける現象を りん光(phosphorescence)という。 夜光塗料や蓄光シールはりん光を利用している。
蛍光:光を当てている間だけ光る(照射をやめるとすぐ消える)。
りん光:光を当てた後もしばらく光り続ける(エネルギーを蓄えている)。
蛍光とりん光の違いをエネルギー準位間の遷移で確認しよう。蛍光では即座に発光するが,りん光では三重項状態を経由するためゆっくり発光する。
蛍光灯の管内では水銀蒸気の放電により紫外線が発生する。 この紫外線がガラス管内面に塗られた蛍光物質に当たり,可視光線に変換されて明るく光る。 LED照明の普及で蛍光灯は減少しつつあるが,蛍光の原理は今でも広く活用されている。
ボーアの量子条件 \(mvr = n\hbar\)(\(\hbar = h/2\pi\))は、ド・ブロイ波の定在波条件から理解できます。
$$ 2\pi r = n\lambda = n\frac{h}{mv} \quad \Longrightarrow \quad mvr = n\frac{h}{2\pi} = n\hbar $$
軌道半径は \(r_n = n^2 a_0\)(\(a_0 = \frac{\hbar^2}{mke^2} \fallingdotseq 0.053\) nm:ボーア半径)、エネルギーは:
$$ E_n = -\frac{13.6}{n^2} \text{ eV} $$
量子力学ではシュレーディンガー方程式 \(-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2\psi + V\psi = E\psi\) を解くことで、同じエネルギー準位に加えて軌道の形状(s, p, d 軌道)まで求められます。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
水素原子が準位 \(n\) から \(m\)(\(n \gt m\))に遷移するときの光の波長は \(\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right)\) で求められます。入試では「最も波長が長い/短い光は?」「可視光領域に含まれるのは?」(バルマー系列: \(m=2\))「電離エネルギーは?」(\(n \to \infty\))などが問われます。
問題設定:水素原子のエネルギー準位 \(E_n = -\dfrac{13.6}{n^2}\) eV を用いて、各系列の光の波長を求める。
解法の手順:
各系列の波長域:ライマン系列(\(m = 1\))は紫外線、バルマー系列(\(m = 2\))は可視光〜紫外線、パッシェン系列(\(m = 3\))は赤外線。
問題設定:量子条件と運動方程式から、水素原子の軌道半径 \(r_n\) とエネルギー準位 \(E_n\) を導出せよ。
解法の手順:
量子条件 \(mvr = n\hbar\) より \(v = \dfrac{n\hbar}{mr}\) を、 運動方程式 \(mv^2 r = k_0 e^2\) に代入する。
$ m \cdot \frac{n^2 \hbar^2}{m^2 r^2} \cdot r = k_0 e^2 $分子・分母を整理すると
$ \frac{n^2 \hbar^2}{mr} = k_0 e^2 $\(r\) について解くと、量子数 \(n\) の軌道半径が得られる。
$ r_n = \frac{n^2 \hbar^2}{m k_0 e^2} $\(n = 1\) のとき \(r_1 = a_0 = \dfrac{\hbar^2}{mk_0 e^2}\)。 各定数を代入すると \(a_0 \fallingdotseq 5.29 \times 10^{-11}\) m(ボーア半径)。
エネルギー準位 \(E_n = -\dfrac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^2} \cdot \dfrac{1}{n^2}\) を振動数条件 \(E_n - E_m = h\nu\) に代入する。
$ h\nu = -\frac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^2} \cdot \frac{1}{n^2} - \left(-\frac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^2} \cdot \frac{1}{m^2}\right) $両辺を \(h\) で割って振動数 \(\nu\) を求めると
$ \nu = \frac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^3}\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right) $\(\dfrac{1}{\lambda} = \dfrac{\nu}{c}\) より、
$ \frac{1}{\lambda} = \frac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{ch^3}\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right) = R\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right) $ここで \(R = \dfrac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{ch^3} = 1.10 \times 10^7\) /m がリュードベリ定数である。
ここまでで原子の電子の振る舞いを理解した。次節では視点を原子の中心に移し、原子核そのものの構造——陽子・中性子の組成、同位体、核力——に迫る。