物理 > 第5編 原子 > 第2章 原子と原子核
前節まで、原子核を構成する陽子・中性子の性質や、核反応のエネルギーを学んできた。しかし「陽子や中性子は本当にこれ以上分割できない粒子なのか?」——20世紀後半、加速器を使った実験は、陽子・中性子のさらに内部にクォークという粒子が潜んでいることを明らかにした。物質を究極まで分割した先にある素粒子の世界を見ていこう。
物質を細かく分けていくと、段階的に、分子、原子、原子核といった構成単位が現れる。 これを自然の階層性という。その究極に位置する粒子、 つまり物質を構成する基本的な要素と考えて素粒子(elementary particle)という。
1930年代には、陽子、中性子、電子が素粒子と考えられていたが、 光子や、ディラック(イギリス)が提唱した陽電子なども、のちに素粒子に加えられた。 その後、宇宙線の研究や加速器を用いた実験などによって、湯川秀樹(日本)がその存在を予言した \(\pi\) 中間子をはじめ \(\mu\) 粒子など多くの新粒子が発見されてきた。
現在、自然界を構成する基本的な粒子は、核力などの強い力のはたらくハドロン(陽子、中性子、\(\pi\) 中間子など)と、 強い力のはたらかないレプトン(電子やニュートリノ、\(\mu\) 粒子など)と、 力を伝達するゲージ粒子(電磁気力を媒介する光子など)に分類される。 多くの粒子を統一して説明することが試みられている。
質量や電気量の大きさは電子と同じだが、電気量の符号が電子と逆の粒子が存在し、 これを陽電子(\(\text{e}^+\))という。 一般に、質量が等しく、電気量などの性質を示す量の大きさが等しく符号が反対の粒子を反粒子という。
がんの診断などで用いられる陽電子断層撮影(PET)では、薬剤を体内に投与し、 その薬剤の集まる部位で陽電子を生じさせ、電子との対消滅で発生する \(\gamma\) 線を検出することで、 がんなどの病巣の位置を特定する。素粒子物理が医療に直結している好例である。
ハドロン・レプトン・ゲージ粒子という分類の枠組みがわかった。次に、ハドロン(陽子・中性子・中間子など)が内部にもつ構成要素——クォーク——に注目しよう。陽子や中性子がクォーク3個の複合粒子であることは、β崩壊の理解にもつながる重要な視点である。
ハドロンに属する粒子をバリオンと中間子に分類し説明する模型として、 クォーク模型がゲルマン(アメリカ)らにより提案された。 それは、電気量の大きさが \(\dfrac{1}{3}e\) や \(\dfrac{2}{3}e\) (\(e\) は電気素量)である粒子(クォーク、quark)を考え、 バリオンはクォーク3個から、中間子はクォーク1個とクォークの反粒子である反クォーク1個からなるとする模型である。
クォークを単独の粒子として核子や中間子の外に取り出すことはできないが、 その後の実験で、陽子は電気量の大きさが \(\dfrac{1}{3}e\) と \(\dfrac{2}{3}e\) の粒子からなることが確認された。 また、2つのクォークを強い力で結びつけるゲージ粒子(グルーオン)が存在することもわかった。 このように、ハドロンはクォークからなる複合粒子と考えられるようになった。
陽子 = uud(アップ2個 + ダウン1個)、中性子 = udd(アップ1個 + ダウン2個)。 クォークは単独では取り出せない(クォークの閉じ込め)。
陽子・中性子・\(\pi\) 中間子のクォーク構成を視覚的に確認しよう。 ボタンで切り替えて、各粒子を構成するクォークの種類・電荷・色荷を観察できる。
クォークとレプトンは、それらの質量に応じて世代とよばれる3つのグループに分類される。
| 第1世代 | 第2世代 | 第3世代 | 電気量 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| クォーク | 上系 | アップ u | チャーム c | トップ t | \(+\dfrac{2}{3}e\) |
| 下系 | ダウン d | ストレンジ s | ボトム b | \(-\dfrac{1}{3}e\) | |
| レプトン | 荷電 | 電子 \(\text{e}^-\) | ミュー粒子 \(\mu^-\) | タウ粒子 \(\tau^-\) | \(-e\) |
| 中性 | 電子ニュートリノ \(\nu_e\) | ミューニュートリノ \(\nu_\mu\) | タウニュートリノ \(\nu_\tau\) | 0 | |
1973年、小林誠と益川敏英は、基本粒子とその反粒子の間の「CP対称性の破れ」とよばれる理論を研究し、 当時まだ3種類のクォークしか見つかっていなかったにもかかわらず、 クォークが6種類あることを予言した。 その後、クォークは次々に発見され、予言の正しさが確認された(2008年ノーベル物理学賞)。
クォークは電荷のほかに「色荷(カラー)」という性質をもつ。赤・緑・青の3種類があり、 バリオンでは3色が1つずつ揃って「白」(無色)になる。 中間子ではクォークの色と反クォークの反色が打ち消し合って無色となる。 色荷を持つクォーク間の力を伝えるゲージ粒子がグルーオン(膠着子)である。
クォークを結びつけるグルーオン、\(\beta\) 崩壊を引き起こすウィークボソン——これまでの学習で「核力」「電磁気力」といった力の名前は何度も登場してきた。実は自然界のすべての現象は、たった4種類の力で説明できる。ここではその全体像を俯瞰しよう。
自然界には、重力(万有引力)、電磁気力のほかに、原子核をつくるための強い力、 \(\beta\) 崩壊などではたらく弱い力の4種類がある。 これらの力(相互作用ともいう)は、ゲージ粒子を媒介して伝わると考えられている。 4つの力は、宇宙の初期には1つだったと考えられており、現在これらの力を統一しようとする試みがなされている。
| 力の種類 | 重力(万有引力) | 電磁気力 | 強い力 | 弱い力 |
|---|---|---|---|---|
| 具体例 | 天体間の引力、地球上の重力 | 原子核に電子を結びつける力、化学反応 | 原子核をつくる力(核力)、クォーク間にはたらく力 | \(\beta\) 崩壊をつかさどる力(③放射線で学んだ中性子→陽子の変換はこの力による)、中性子や \(\mu\) 粒子などの寿命を決める力 |
| 相対的強さ | \(10^{-38}\) | \(10^{-2}\) | 1 | \(10^{-5}\) |
| 到達距離 | 無限大 | 無限大 | \(10^{-15}\) m | \(10^{-17}\) m |
| 力の源 | 質量 | 電荷 | 色荷 | 弱荷 |
| ゲージ粒子 | グラビトン(重力子)〔未発見〕 | フォトン(光子) | グルーオン(膠着子) | ウィークボソン(W\(^{\pm}\) 粒子, Z\(^0\) 粒子) |
強い力は4つの力の中で最も強いが、到達距離が非常に短い(\(10^{-15}\) m 程度)。 重力は最も弱いが、到達距離は無限大で、天体スケールでは支配的にはたらく。
宇宙のごく初期の超高温状態では、4つの力はもともと1つの力だったと考えられている。 宇宙が膨張して温度が下がるにつれ、まず重力が分かれ、次に強い力、 そして電磁気力と弱い力が分かれた。電磁気力と弱い力を統一する電弱統一理論は ワインバーグ・サラムらにより完成され、実験で確認されている。
クォーク同士を引き離そうとすると、距離が離れるほど強い力(色力)が強くなります。十分なエネルギーを加えると、そのエネルギーから新しいクォーク・反クォーク対が生成され、結局クォークは常に他のクォークと結びついた状態(ハドロン)でしか存在できません。これを「クォークの閉じ込め」といいます。
前のカードで、自然界の4つの力(強い力・弱い力・電磁気力・重力)とそれぞれを媒介するゲージ粒子を学んだ。6種類のクォーク、6種類のレプトン、4つの力とそのゲージ粒子——これらを1つの体系にまとめたのが標準模型(Standard Model)である。2012年のヒッグス粒子の発見によって、この理論の予言はすべて実験的に確認された。現代物理学の到達点を概観しよう。
宇宙の成り立ちを説明する素粒子物理学の標準理論によると、物質の最小単位である素粒子は、 6種類のクォーク、6種類のレプトン、力を媒介するフォトン・グルーオン・W粒子・Z粒子、 それにヒッグス粒子の全部で17種類あるとされている。
ヒッグス粒子は、物質に質量を与える粒子として導入された。 素粒子はヒッグス粒子と相互作用することによって質量をもつと考えられる。 ヒッグス粒子は長い間見つかっていなかったが、 ジュネーブ郊外にあるLHC(大型ハドロン衝突型加速器)を用いた実験で その存在が確認された(2012年)。
LHC(Large Hadron Collider)はスイスとフランスの国境にまたがる周長約27 kmの円形加速器で、 陽子同士をほぼ光速で正面衝突させる。ヒッグス粒子の発見は、 建設に約20年、数千人の研究者が関わった巨大プロジェクトの成果である。
3つの世代のニュートリノが、時間や距離とともにそれらの間で振動的に行き来する現象を ニュートリノ振動という。梶田隆章らはニュートリノ振動を実験的に観測し、 ニュートリノが質量をもつことを示した(2015年ノーベル物理学賞)。 それによって、長年の謎であった太陽ニュートリノ問題(太陽から地球に届く電子ニュートリノの数が 予想値の約半分しかない現象)や、大気ニュートリノ異常(地球の裏から届くミューニュートリノの数が 予想値の約半分しかない現象)に明確な答えを与えた。
標準模型は素粒子物理学の大きな成功だが、重力を含めた4つの力すべてを統一する理論(大統一理論)はまだ完成していない。 また、宇宙の約27%を占める暗黒物質(ダークマター)や約68%を占める暗黒エネルギーは 標準模型では説明できず、現在も研究が続けられている。
ヒッグス粒子は素粒子に質量を与える仕組み(ヒッグス機構)を担う粒子で、2012年にCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で発見されました。これにより標準模型のすべての粒子が実験的に確認されました。ヒッグス場は宇宙全体に広がっており、素粒子がこの場と相互作用する強さが質量として観測されます。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
入試で問われる基本的な分類は:クォーク(u, d, s 等)→バリオン(陽子 uud, 中性子 udd)・メソン(クォーク+反クォーク)、レプトン(電子, ニュートリノ)、ゲージ粒子(光子, W/Z ボソン, グルーオン)。4つの基本相互作用(強い力、弱い力、電磁気力、重力)とそれを媒介する粒子の対応関係も押さえておきましょう。
問題設定:次の反応が起こるかどうかを、保存則を用いて判定せよ。
解法の手順:反応式が成立するかどうかは、以下の3つの保存量をすべてチェックして判定する。
具体例(β崩壊):\(\text{n} \to \text{p} + \text{e}^- + \bar{\nu}_e\)
3つの保存量がすべて成立するので、この反応は起こり得る。
入試では「反応式の空欄を埋めよ」形式で出題されることが多い。保存量をすべてチェックして未知の粒子を特定する。