物理基礎 > 第1編 運動とエネルギー > 第2章 運動の法則
「机の上の辞書を軽く押しても動かないのはなぜ?」——面から物体にはたらく摩擦力が、すべり出すのを妨げている。
あらい水平面上にある物体を水平に引いても、力が小さいと動きません。面が物体に対して、すべりだすのを妨げる向きにはたらく力を静止摩擦力といいます。
引く力を大きくしていくと、静止摩擦力も同じだけ大きくなります(つりあいの関係)。
下の図で、静止摩擦力の性質を確認しよう。外力のスライダーを動かして、摩擦力がどう変わるか観察してみましょう。
やがて物体はすべりだします。すべりだす直前の静止摩擦力を最大摩擦力 \(F_0\) といいます。
\(F_0 = \mu N\) はすべりだす直前にのみ使える式。静止中の摩擦力は常に引く力 \(f\) と等しい(\(f \leq F_0\) の範囲で)。
「静止摩擦力 = μN」と暗記している人が多いですが、これは最大静止摩擦力の式です。物体が静止しているとき、静止摩擦力は加えた力とちょうどつりあう大きさに調整されます。5Nで押せば5N、10Nで押せば10N。最大値 \(\mu N\) を超えたときに初めて滑り出します。
意外なことに、静止摩擦係数 \(\mu\) は接触面積が変わってもほとんど変化しません。ブロックを横にしても立てても、最大摩擦力はほぼ同じです。摩擦力は面の微細な凹凸どうしの噛み合いによって生じるため、面積ではなく垂直抗力(押しつける力)に比例するのです。
静止摩擦力は物体がすべりだすのを妨げる力でした。では、いったん動き出した後はどうなるのでしょうか。「すべりだした後も摩擦力ははたらくが、最大摩擦力より小さい」——動いている物体にはたらく摩擦力を理解しよう。
物体がすべりだした後も、面から運動を妨げる向きに摩擦力を受けます。このとき物体にはたらく摩擦力を動摩擦力といいます。
一般に動摩擦力は最大摩擦力よりも小さいので、動摩擦係数 \(\mu'\) は静止摩擦係数 \(\mu\) よりも小さい値です。
条件:\(\mu' = 0.20\)、\(m = 5.0\) kg、\(g = 9.8\) m/s²
垂直抗力 \(N = mg = 5.0 \times 9.8 = 49\) N
$$ f' = \mu' N = 0.20 \times 49 = 9.8 \text{ N} $$答え:\(f' = 9.8\) N
| 接触する2物体 | 静止摩擦係数 \(\mu\) | 動摩擦係数 \(\mu'\) |
|---|---|---|
| ガラスとガラス | 0.94 | 0.4 |
| 銅とガラス | 0.68 | 0.53 |
| 鋼鉄と鋼鉄 | 0.7 | 0.5 |
| ゴムとコンクリート | 0.7〜0.9 | 0.5〜0.8 |
自動車のABSブレーキは、タイヤがロック(完全に止まって路面をすべる)しないようにブレーキ圧を自動制御します。タイヤが回転し続けている状態(静止摩擦)の方が、ロックしてすべる状態(動摩擦)よりも摩擦力が大きいため、制動距離が短くなるのです。
静止摩擦力と動摩擦力の性質がわかったところで、これらを斜面の問題に応用してみましょう。「板の傾きをどこまで大きくすると物体がすべりだす?」——その限界の角度が摩擦角です。
板の上に物体をのせ、傾きの角を徐々に大きくしていくと、ある角度 \(\theta_0\) で物体がすべりだします。この角 \(\theta_0\) を摩擦角といいます。
斜面に平行な方向:\(mg\sin\theta_0 - F_0 = 0\) → \(F_0 = mg\sin\theta_0\)
斜面に垂直な方向:\(N - mg\cos\theta_0 = 0\) → \(N = mg\cos\theta_0\)
\(\mu = \dfrac{F_0}{N} = \dfrac{mg\sin\theta_0}{mg\cos\theta_0} = \tan\theta_0\)
スポーツシューズの靴底には用途に合わせた摩擦の工夫がされています。サッカーのスパイクは地面に食い込んで大きな摩擦力を得るための突起があり、ボウリングシューズは滑り足側の靴底が低摩擦素材でできています。摩擦を「増やす」「減らす」の両方が技術的に重要なのです。
スキー板は雪面との動摩擦係数が非常に小さい(約 0.03〜0.05)ため、わずかな傾斜でも滑走できます。ワックスを塗るとさらに摩擦係数が下がり、スピードが上がります。一方、クロスカントリースキーではグリップが必要な登り坂では摩擦を大きくする工夫もされています。
大学入試で頻出のテーマと解法のポイントを整理しよう。
入試で最も多いのが「傾斜角 θ の斜面上の物体」の問題です。①静止している場合:静止摩擦力 \(f = mg\sin\theta\)(最大静止摩擦力以下)、②滑り出す条件:\(\tan\theta = \mu_s\)、③滑っている場合の加速度:\(a = g(\sin\theta - \mu_k\cos\theta)\)。この3パターンを使い分けることが重要です。
粗い斜面(角度 \(\theta\)、動摩擦係数 \(\mu\))上の物体A(\(m_A\))と、鉛直につるされた物体B(\(m_B\))が糸で接続。Bが下降する場合:
【立式】Aには張力 \(T\)(斜面上向き)、重力の斜面成分 \(m_A g\sin\theta\)(斜面下向き)、動摩擦力 \(\mu m_A g\cos\theta\)(斜面下向き、運動を妨げる)がはたらく。
物体A(斜面上向きを正):
$ m_A a = T - m_A g\sin\theta - \mu m_A g\cos\theta \quad \cdots① $
物体B(下向きを正):
$ m_B a = m_B g - T \quad \cdots② $
【解法】①+②で \(T\) を消去すると:
$ (m_A + m_B)a = m_B g - m_A g(\sin\theta + \mu\cos\theta) $
$ \therefore\ a = \frac{m_B g - m_A g(\sin\theta + \mu\cos\theta)}{m_A + m_B} $
水平面上の物体B(質量 \(M\))の上に物体A(質量 \(m\))を乗せ、Aに水平力 \(F\) を加える。AとBの間の静止摩擦係数を \(\mu\)、Bと床の間は滑らかとする。
【一体で動く場合の加速度】AとBが一体で動くとき、全体の運動方程式より:
$ (m+M)a = F \quad \therefore\ a = \frac{F}{m+M} $
【Bを加速する力】Bだけに注目すると、Bを加速する力はAとBの間の摩擦力 \(f\) のみなので:
$ f = Ma = \frac{MF}{m+M} $
【一体で動く条件】この摩擦力が最大静止摩擦力 \(\mu mg\) を超えないためには:
$ \frac{MF}{m+M} \leq \mu mg \quad \therefore\ F \leq \frac{\mu mg(m+M)}{M} $
これを超えるとAがBの上を滑り出す。
重ねた2物体に力 F を加えたとき、上の物体がすべるかどうかを判定しよう。F スライダーを動かして閾値を探り、解答で確認できます。