質量分析器の原理を扱う電磁気の総合問題です。陽イオン(電荷 $q$、質量 $m$)を電圧 $V$ で加速して磁場領域に入射させ、一様磁場中でローレンツ力による等速円運動をさせて検出器 D に届かせる仕組みを、エネルギー保存則と円運動の運動方程式から定式化します。
設定:陽イオンを S(高電位側)で発生させ、極板間の電場で加速して磁場領域に入射させる。電荷は $q > 0$。
立式:電場が陽イオンに及ぼす力は $\vec{F} = q\vec{E}$。加速させたい方向(S → 磁場領域の向き)に $\vec{F}$ が向いていればよく、$q > 0$ だから電場 $\vec{E}$ も同じ向きに取る。
電場の向きは高電位(正極板)から低電位(負極板)へ向かう向きなので、S 側の極板が正極(高電位)、磁場領域側の極板が負極(低電位)となる。
電場が陽イオンにする仕事は $W = qV$(電位差 $V$)。これが運動エネルギーに変換される:
$$qV = \tfrac12 m v^2 - 0$$仕事が正になるためには、力の向きと変位の向きが一致していなければならない。ゆえに電場は陽イオンの進む向きを向く。
「高電位 → 低電位」が電場の向き、そして正電荷はこの向きに加速される。磁場は速度を変えない(仕事をしない)ので、加速段階では電場が必須。
立式:陽イオンを S(初速 $0$ とする)から電圧 $V$ で加速する。仕事とエネルギーの関係より
$$qV = \tfrac12 mv^2 - 0$$計算:$v^2$ について解くと
$$v^2 = \frac{2qV}{m}$$両辺の平方根をとる($v > 0$)。
$$v = \sqrt{\dfrac{2qV}{m}}$$$q = 1.6\times10^{-19}$C, $V=100$V, $m = 10^{-26}$kg とすると、
$$v = \sqrt{\dfrac{2 \times 1.6\times10^{-19} \times 100}{10^{-26}}} = \sqrt{3.2\times10^{9}} \fallingdotseq 5.7\times10^{4}\;\text{m/s}$$質量分析器では典型的に $10^4 \sim 10^5$ m/s の速度域で陽イオンが磁場に入射する。
電場による加速は「仕事 $qV$ = 運動エネルギー増加」の一本槍。これは質量分析器に限らず電子銃・加速器の基本式。
立式:磁場中のローレンツ力 $F = qvB$ が等速円運動の向心力を担う。運動方程式は
$$qvB = \frac{mv^2}{r}$$計算①:$r$ を $v$ で表す
$$r = \frac{mv}{qB}$$計算②:問 2 の $v = \sqrt{2qV/m}$ を代入
$$r = \frac{m}{qB} \cdot \sqrt{\frac{2qV}{m}} = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{m^2 \cdot 2qV}{q^2 m}} = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$$r = \dfrac{mv}{qB}$ の両辺を 2 乗すると $r^2 = \dfrac{m^2 v^2}{q^2 B^2}$。ここで $\tfrac12 mv^2 = qV$ より $m v^2 = 2qV$ なので $m^2 v^2 = 2mqV$。
$$r^2 = \frac{2mqV}{q^2 B^2} = \frac{2mV}{qB^2}$$ $$r = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$磁場中の荷電粒子の半径公式 $r = \dfrac{mv}{qB}$ は必修。質量分析器では、$V$(加速電圧)と $B$(磁束密度)を固定すれば $r \propto \sqrt{m/q}$ となり、質量と電荷の比で軌道半径が決まる。
設定:検出器 D の位置が固定されているため、検出されるためには軌道の直径(= S から D までの距離)が一定である必要がある。よって 2 つの場合で軌道半径は共通 $r' = r$。
立式:半径公式を 2 通り書き、$r$ が共通になる条件を使う。
$$r = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}} \quad (\text{質量 } m, \text{磁束密度 } B)$$ $$r = \frac{1}{B'}\sqrt{\frac{2M'V}{q}} \quad (\text{質量 } M', \text{磁束密度 } B')$$計算:両式の右辺を等値し、$\sqrt{2V/q}$ を消去すると
$$\frac{\sqrt{m}}{B} = \frac{\sqrt{M'}}{B'}$$両辺を 2 乗して整理:
$$\frac{m}{B^2} = \frac{M'}{B'^2} \quad\Longrightarrow\quad \frac{M'}{m} = \left(\frac{B'}{B}\right)^2$$加速電圧 $V$ と電荷 $q$ を固定したまま磁束密度を $B \to B'$ と変えれば、同じ検出位置に到達するイオンの質量は $B^2$ に比例して変わる。たとえば $B' = 2B$ なら $M' = 4m$。これが質量分析器で「$B$ をスキャンすると質量範囲をスキャンできる」原理。
「同じ半径 $r$」の条件が鍵。半径公式 $r \propto \sqrt{m}/B$ を 2 乗して比を取れば $m \propto B^2$ がすぐに見える。
設定:$B_1 = 1.00\times10^{-1}$T のとき質量数 $A_1 = 50$ のイオンが検出される。$V$, $q$, $r$(検出器位置)は固定。
立式:問 4 の関係 $M \propto B^2$ より、
$$\frac{A}{A_1} = \left(\frac{B}{B_1}\right)^2 \;\Longrightarrow\; A = A_1 \cdot \left(\frac{B}{B_1}\right)^2$$$B_2 = 2.00\times10^{-1}$T の場合:
$$A_2 = 50 \times \left(\frac{2.00}{1.00}\right)^2 = 50 \times 4 = 200$$$B_3 = 1.99\times10^{-1}$T の場合:
$$A_3 = 50 \times \left(\frac{1.99}{1.00}\right)^2 = 50 \times 3.9601 = 198.005$$質量数は整数値で検出されるので $A_3 \fallingdotseq 198$。
差:
$$A_2 - A_3 = 200 - 198 = 2$$$A = A_1 (B/B_1)^2$ を $B$ で微分すると
$$\frac{dA}{dB} = \frac{2 A_1 B}{B_1^2}$$$B=2B_1$ のとき $\dfrac{dA}{dB} = \dfrac{2 A_1 \cdot 2 B_1}{B_1^2} = \dfrac{4A_1}{B_1}$。$\Delta B = -0.01 \times 10^{-1}\text{T}$ なら
$$\Delta A \fallingdotseq \frac{4 \times 50}{1.00\times10^{-1}} \times (-0.01\times10^{-1}) = -2$$これが「$198 - 200 = -2$」の差に一致する。質量数の分解能は $\Delta A / A \sim 2 \Delta B / B$ で決まるという重要な関係。
質量数が $B^2$ に比例するので、$B$ を 1.99→2.00(+0.5%)変化させると質量数は約 $2 \times 0.5\% = 1\%$ 変化する。$50 \cdot 4 = 200$ の 1% は 2。この「係数 2 倍の敏感さ」が質量分析器のスペクトル分解能に寄与する。