同心半円型電極と磁場を用いた質量分析器の問題です。荷電粒子の加速・円運動・同位体分離の物理を段階的に問います。
電位差 \(V\) の坂を転がり落ちるようなもの。位置エネルギー(電気的)が運動エネルギーに変わる。質量が大きいと、同じ坂でも遅くなる。
荷電粒子 X(質量 \(m\)、電荷 \(q > 0\))が電位差 \(V\) で加速される。位置 A で静止していた粒子が S₁ を通過するときの速さを求める。
エネルギー保存則を適用する。電場が粒子にした仕事は \(qV\) であり、これが運動エネルギーに変わる:
$$qV = \frac{1}{2}mv_1^2$$\(v_1\) について解くと:
$$v_1^2 = \frac{2qV}{m}$$ $$v_1 = \sqrt{\frac{2qV}{m}}$$静電場は保存力なので、粒子が A から S₁ に至る経路が曲がっていても、仕事は始点・終点の電位差のみで決まる。曲線経路であっても \(W = qV\) は変わらない。
電位差 V で加速 → \(v = \sqrt{2qV/m}\) は荷電粒子物理の最も基本的な公式。加速器・質量分析器・ブラウン管すべてに共通する。
領域1では電場 \(E\) が常に粒子の運動方向に垂直で、中心 O に向かう。これが向心力の役割を果たし、粒子は円弧を描く。ちょうど紐で繋がれた石を回すのと同じ構造。
領域1(P₂ と P₃ の間)では、電場 \(E\) が常に粒子の運動方向に垂直で、中心 O に向かって作用する。これが向心力を提供し、粒子は半径 \(R\) の円弧上を運動する。
円運動の運動方程式(向心力 = 電気力):
$$\frac{mv_1^2}{R} = qE$$\(R\) について解くと:
$$R = \frac{mv_1^2}{qE}$$設問(1) の結果 \(v_1^2 = \frac{2qV}{m}\) を代入すると:
$$R = \frac{m}{qE} \cdot \frac{2qV}{m} = \frac{2V}{E}$$\(m\) と \(q\) が消えて、質量・電荷に依存しない結果が得られる。
\(R = \frac{2V}{E}\) は粒子の質量 \(m\) を含まない。これは「電位差 \(V\) で加速された後の運動エネルギーは \(qV\) であり、これと電場 \(E\) のバランスだけで半径が決まる」ことを意味する。同じ電荷の異なる質量の粒子(同位体)でも、領域1では同じ軌道を通る。
これが質量分析器で重要:領域1は速度選別ではなく、エネルギー選別の役割を果たす。
電場中の円運動で \(v^2 = \frac{2qV}{m}\) を代入すると \(m\) が消える。\(R = \frac{2V}{E}\) は質量によらない — これが設問(6) の伏線になる。
力が運動方向に垂直なとき、仕事はゼロ。速さは変わらない。電場 \(E\) は向心方向(垂直)、磁場によるローレンツ力も速度に垂直。どちらも「方向だけ変えて、速さは変えない」力。
各領域で力が粒子の速さを変えるかを検討する。
領域1(電場 E):電場は常に運動方向に垂直(向心方向)なので、電場のする仕事はゼロ:
$$W_E = \int \vec{F} \cdot d\vec{s} = 0 \quad (\vec{F} \perp d\vec{s})$$よって \(v_2 = v_1\)(S₂ 通過時の速さは S₁ 通過時と同じ)。
領域2(磁場 B):ローレンツ力 \(\vec{F} = q\vec{v} \times \vec{B}\) は常に速度に垂直なので、仕事はゼロ:
$$W_B = 0 \quad (\vec{F}_{\text{Lorentz}} \perp \vec{v} \text{ 常に})$$よって \(v_3 = v_4 = v_1\)。
以上をまとめると:
$$v_1 = v_2 = v_3 = v_4$$仕事 \(W = \vec{F} \cdot \Delta\vec{s} = F \Delta s \cos\theta\) で、\(\theta = 90°\) なら \(\cos 90° = 0\) で仕事はゼロ。
運動エネルギーと仕事の関係 \(\Delta K = W\) より、仕事がゼロなら運動エネルギーは変化しない。質量は一定なので速さも一定。
磁場は粒子の運動方向だけを変え、速さ(運動エネルギー)は変えない — これは荷電粒子と磁場の最も重要な性質の一つ。
向心力と磁場のローレンツ力は仕事をしない。速度に垂直な力は方向だけを変え、速さ(運動エネルギー)は保存される。入試で「速さの大小関係」を問われたら、まず力の方向と速度の方向の関係をチェックする。
磁場中の荷電粒子は円を描く。S₃ から入って半円を回って S₄ に出るので、S₃-S₄ の距離は円の直径。重い粒子ほど大きな円を描く — これが質量分析の原理。
領域2(磁場 \(B\)、紙面裏向き)に入った荷電粒子は、ローレンツ力を向心力として半円軌道を描く。
磁場中の円運動の運動方程式:
$$qv_1 B = \frac{mv_1^2}{r}$$半径 \(r\) について解く:
$$r = \frac{mv_1}{qB}$$設問(1) の結果 \(v_1 = \sqrt{\frac{2qV}{m}}\) を代入:
$$r = \frac{m}{qB}\sqrt{\frac{2qV}{m}} = \frac{1}{qB}\sqrt{\frac{2mV \cdot q^2}{q}} = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$S₃ から入って半円を回って S₄ に出るので、S₃ と S₄ の距離は直径 \(2r\):
$$\text{S}_3\text{S}_4 = 2r = \frac{2}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$運動エネルギー \(K = qV\) と \(r = \frac{mv}{qB}\) から:
$$r = \frac{mv}{qB} = \frac{m}{qB}\sqrt{\frac{2K}{m}} = \frac{\sqrt{2mK}}{qB} = \frac{\sqrt{2mqV}}{qB} = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$同じ結果が得られる。\(K = qV\) を使うと式変形が1ステップ短い。
磁場中の半径は \(r = \frac{mv}{qB}\)。質量に依存するため、異なる質量の同位体は異なる半径で回る — これが質量分析器の分離原理。直径の差 \(\Delta(2r)\) で同位体の到着位置が分かれる。
S₁ を通過するには、領域1の軌道半径 \(R\) がちょうど電極の間隔に合う必要がある。\(R = \frac{2V}{E}\) なので、\(E\) と \(V\) の比を調整すれば通過条件が決まる。
¹²C イオンが S₁ を通過するには、領域1での軌道半径 \(R\) が電極の幾何学的条件に一致する必要がある。
設問(2) の結果より:
$$R = \frac{2V}{E}$$装置の幾何学的条件(P₂ と P₃ の間隔)から \(R\) の値が決まっており、これを満たす電場 \(E\) は:
$$E = \frac{2V}{R}$$\(R = \frac{2V}{E}\) は質量 \(m\) を含まないため、¹²C でも ¹⁴C でも、同じ \(V\) と \(E\) で同じ半径 \(R\) の軌道を通る。つまり S₁ 通過条件は質量によらない。
これは設問(6) の答えへの重要な伏線となる。
\(E = \frac{2V}{R}\) は粒子の質量にも電荷にも依存しない。装置パラメータ \(V\) と \(R\) だけで決まる。これは「同じ電荷の異なる同位体が同じスリットを通過できる」ことを意味する。
領域1での半径 \(R = \frac{2V}{E}\) に質量は含まれない。¹²C と ¹⁴C は質量が違うだけで電荷は同じ \(q\)。同じ電位差 \(V\) で加速すれば速さは異なるが、\(R\) には影響しない。
設問(2) と (5) で示したように、領域1の軌道半径は:
$$R = \frac{2V}{E}$$これは質量 \(m\) を含まない。¹²C と ¹⁴C は電荷 \(q\) が同じなので、同じ電位差 \(V\) と電場 \(E\) の下で同じ半径 \(R\) の軌道を通る。
ただし速さは異なる:
$$v_{12} = \sqrt{\frac{2qV}{m_{12}}} > v_{14} = \sqrt{\frac{2qV}{m_{14}}}$$速さは異なるが、軌道半径が同じため、¹⁴C も S₁ を通過する。
\(R = \frac{mv^2}{qE}\) に \(v^2 = \frac{2qV}{m}\) を代入すると \(R = \frac{m \cdot 2qV/m}{qE} = \frac{2V}{E}\) となり、\(m\) が分子分母で打ち消し合う。
物理的には「重い粒子は遅いが、慣性が大きいので曲がりにくい。軽い粒子は速いが、慣性が小さく曲がりやすい。この2つの効果がちょうど相殺する」ということ。
同じ電位差で加速された同じ電荷の粒子は、質量に関係なく電場中で同じ半径の円運動をする。分離は磁場領域でのみ起こる — 磁場中の半径 \(r = \frac{mv}{qB}\) は質量に依存するから。
具体的な数値を代入して電場 \(E\) を計算する。\(E = \frac{2V}{R}\) に \(V\) と装置の幾何条件(\(R\))を入れるだけ。
与えられた数値:
設問(5) の結果 \(E = \frac{2V}{R}\) に数値を代入する。装置の半径 \(R\) は幾何条件(電極 P₂, P₃ の間隔)から与えられる。例えば \(R = 0.200\) m のとき:
$$E = \frac{2V}{R} = \frac{2 \times 1.00 \times 10^3}{0.200} = 1.00 \times 10^4 \text{ V/m}$$与えられた数値は有効数字3桁。計算結果も3桁で答える。中間計算では4桁以上保持し、最終結果で丸める。
電場の大きさ \(10^4\) V/m は典型的な実験室規模の値であり、物理的に妥当。
数値計算では有効数字に注意する。与えられた値が3桁なら結果も3桁。単位の換算ミス(cm↔m、g↔kg)に特に気を付ける。
磁場中で ¹²C と ¹⁴C は異なる半径の半円を描く。重い ¹⁴C はより大きな円を描くため、S₄ での到着位置がずれる。このずれ(直径の差)が同位体分離の測定量。
磁場中で ¹²C と ¹⁴C はそれぞれ半径 \(r_{12}\), \(r_{14}\) の半円を描く。設問(4) の結果より:
$$r = \frac{1}{B}\sqrt{\frac{2mV}{q}}$$到着位置の差 \(\Delta\) は直径の差:
$$\Delta = 2r_{14} - 2r_{12} = \frac{2}{B}\left(\sqrt{\frac{2m_{14}V}{q}} - \sqrt{\frac{2m_{12}V}{q}}\right)$$共通因子をくくり出す:
$$\Delta = \frac{2}{B}\sqrt{\frac{2V}{q}}\left(\sqrt{m_{14}} - \sqrt{m_{12}}\right)$$数値を代入する(\(B = 0.500\) T と仮定):
$$\sqrt{m_{12}} = \sqrt{1.99 \times 10^{-26}} = 1.411 \times 10^{-13} \text{ kg}^{1/2}$$ $$\sqrt{m_{14}} = \sqrt{2.32 \times 10^{-26}} = 1.523 \times 10^{-13} \text{ kg}^{1/2}$$ $$\sqrt{m_{14}} - \sqrt{m_{12}} = (1.523 - 1.411) \times 10^{-13} = 0.112 \times 10^{-13} \text{ kg}^{1/2}$$ $$\sqrt{\frac{2V}{q}} = \sqrt{\frac{2 \times 1.00 \times 10^3}{1.60 \times 10^{-19}}} = \sqrt{1.25 \times 10^{22}} = 3.536 \times 10^{11} \text{ (SI)}$$ $$\Delta = \frac{2}{0.500} \times 3.536 \times 10^{11} \times 0.112 \times 10^{-13}$$ $$= 4.00 \times 3.536 \times 0.112 \times 10^{11-13} = 1.584 \times 10^{-2} \text{ m}$$ $$\Delta \fallingdotseq 1.6 \text{ cm}$$選択肢のうち最も近いのは 約 2 cm。
半径の比 \(\frac{r_{14}}{r_{12}} = \sqrt{\frac{m_{14}}{m_{12}}} = \sqrt{\frac{2.32}{1.99}} = \sqrt{1.166} \fallingdotseq 1.080\)
したがって \(r_{14} \fallingdotseq 1.08 \, r_{12}\) で、直径の差は \(\Delta = 2r_{12}(1.08 - 1) = 0.16 \times 2r_{12}\)。
\(2r_{12} = \frac{2}{B}\sqrt{\frac{2m_{12}V}{q}}\) を計算して代入すれば同じ結果が得られる。
比で考えると「約 8% 大きい」→ 直径 20 cm 程度なら差は約 1.6 cm、と概算できる。
実際の質量分析器では、1〜2 cm 程度の分離で十分に検出可能。現代の加速器質量分析法(AMS)では ¹⁴C を ¹²C の \(10^{-12}\) のレベルまで識別でき、放射性炭素年代測定に応用されている。
¹⁴C の半減期は約 5730 年で、考古学試料の年代測定に広く使われる。名古屋大学はこの分野の世界的な研究拠点でもある。
質量分析器の分離幅は \(\Delta \propto \sqrt{m_{14}} - \sqrt{m_{12}}\)。計算のコツは「共通因子をくくり出してから数値代入」。概算には比 \(\sqrt{m_{14}/m_{12}}\) を使うと桁の見積もりが楽になる。