前期 大問2

解法の指針

半径 $r$ の球形容器 A と半径 $r/2$ の球形容器 B がコックで接続された気体分子運動の問題。A 内にはヒーターがあり、閉じた単原子分子気体の圧力・温度を求める。気体分子の運動論の演習。

問題の構成

全体を貫くポイント

設問(1):1分子の速度成分

直感的理解
球内を直進する分子は、球の中心から見ると角度 $\theta$ の方向に速度 $v$。直交座標で分解すると $v_x = v\cos\theta$, $v_y = v\sin\theta$(2Dの場合)。

分子が球内を速度 $v$、角度 $\theta$ の方向に運動する場合、直交成分:

$$v_x = v \cos\theta, \quad v_y = v \sin\theta$$

(2次元での分解。3次元なら $v_z = v \sin\theta \sin\phi$ などさらに分解)

答え:$v_x = v\cos\theta$, $v_y = v\sin\theta$
補足:3次元での分解

球面座標 $(\theta, \phi)$ で $v_x = v\sin\theta\cos\phi$, $v_y = v\sin\theta\sin\phi$, $v_z = v\cos\theta$。平均値は $\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} = \overline{v^2}/3$。

Point 気体分子の速度はスカラー $v$ と方向 $(\theta, \phi)$ で指定。等方的な分布では各軸成分の二乗平均は全体の 1/3。

設問(2):衝突時の運動量変化 Δp

直感的理解
球面(曲面)に分子が衝突すると、入射角と反射角が等しい「鏡面反射」。壁の法線方向成分 $v\cos\theta$ だけが反転し、接線方向成分は不変。運動量変化は法線方向のみで $2mv\cos\theta$。

球面は局所的に平面とみなせる。分子の速度を法線方向と接線方向に分解:

運動量変化(法線方向):

$$\Delta p = m \cdot (-v\cos\theta) - m \cdot (v\cos\theta) = -2 m v \cos\theta$$

絶対値 $|\Delta p| = 2mv\cos\theta$。

答え:$|\Delta p| = 2 m v \cos\theta$
補足:弾性衝突の条件

分子と壁の衝突は弾性と仮定(エネルギー保存)。運動エネルギー保存 $\frac{1}{2}m v^2 = \frac{1}{2}m v'^2$ と運動量の法線成分反転から $v = v'$(速さは不変)。

Point 壁への弾性衝突では、法線成分の速度だけが反転。運動量変化は $2mv_\perp$。

設問(3):次に同じ場所に戻る時間

直感的理解
分子は球内で弦に沿って運動する。中心Oから見て弦の長さは $2r\cos\theta$(幾何的に)。速さ $v$ で進むので時間は $2r\cos\theta / v$。次の衝突点から対称な位置でまた衝突するため、次に元の点に戻るまでの時間は $2 \cdot 2r\cos\theta / v$ とも考えられるが、基本周期は 1 往復 $= 2r\cos\theta/v$。

球の中心を通る弦(分子の軌道)の長さは:

$$L = 2 r \cos\theta$$

(球内の弦で、中心から垂線の足までの距離 $r\sin\theta$、弦の半分 $r\cos\theta$、全長 $2r\cos\theta$)

分子は速さ $v$ で弦を進むので、1 回分の時間:

$$t = \frac{2 r \cos\theta}{v}$$

この時間で分子は反対側の壁にぶつかり、反射。次に元の点に戻るには、さらに 1 往復する必要があるので全周期は $2t = 4r\cos\theta/v$。

答え:$t = \dfrac{2 r \cos\theta}{v}$(片道), または全周期 $T = \dfrac{4 r \cos\theta}{v}$
補足:球内での分子軌道

角度 $\theta$ が中心軸との角度。球内の軌道は正多角形(正 $n$ 角形、$n = 2\pi/(\pi - 2\theta)$)を描く。特定の $\theta$ では閉軌道になる。

Point 球内の分子軌道は弦に沿う。周期は弦長 × 2 / 速さ。

設問(4):単位時間に球面が受ける運動量 f'

直感的理解
分子1個が周期 $T$ ごとに球面に衝突し、1回の衝突で運動量 $2mv\cos\theta$ を伝える。単位時間あたりの運動量流入:$(\text{1回衝突の運動量})/(\text{周期}) = 2mv\cos\theta / (2r\cos\theta/v) = mv^2/r$。

1分子が時間 $T = 2r\cos\theta/v$ ごとに $2mv\cos\theta$ の運動量を球面に与える。単位時間あたりの運動量:

$$f' = \frac{2 m v \cos\theta}{2 r \cos\theta / v} = \frac{m v^2}{r}$$

$\theta$ に依らず一定になる点が重要。これは「1分子 1 個が球面に与える力」を角度に依らない形で表現できることを意味する。

答え:$f' = \dfrac{m v^2}{r}$
補足:圧力公式との関係

$N$ 個の分子で球面全体にかかる力は $N f' = N m v^2 / r$。圧力 $p = \text{力}/\text{面積} = Nmv^2/(r \cdot 4\pi r^2) = Nmv^2/(4\pi r^3) = Nmv^2/(3V) \cdot 3/(4\pi)$...(球体積 $V = \frac{4}{3}\pi r^3$ から導ける)

Point 球容器内では分子の衝突角度に依存しない単純な公式 $mv^2/r$ が得られる。これは気体分子運動論の球対称性のよい例。

設問(5):N分子系の熱量 W_AB

直感的理解
気体の内部エネルギー $U = \frac{3}{2}NkT$。温度変化 $\Delta T$ で内部エネルギー変化 $\Delta U = \frac{3}{2}Nk\Delta T$。ただしコック閉状態では A のみで、B との混合は次問題。

単原子分子気体の内部エネルギー:

$$U = \frac{3}{2} N k T$$

温度が $T_A$ から $T_A'$ に変わったとき(ヒーターで加熱)、内部エネルギー変化:

$$\Delta U = \frac{3}{2} N k (T_A' - T_A)$$

コック閉めで定積加熱なら、気体がする仕事 0、第1法則 $\Delta U = Q - W = Q$:

$$W_\text{AB} = \frac{3}{2} N k (T_A' - T_A) = \frac{3}{2} N k \Delta T$$

ただし問題文の $W_\text{AB}$ の定義を正確に確認する必要がある。B 容器への熱流入なら 0(コック閉じているので)。

答え:$W_\text{AB} = \dfrac{3}{2} N k \Delta T$(A 容器内の熱量増加)
補足:モル熱容量

単原子分子の定積モル熱容量 $C_V = \frac{3}{2}R$、定圧 $C_p = \frac{5}{2}R$。比熱比 $\gamma = C_p/C_V = 5/3$。

Point 単原子分子気体の内部エネルギーは $\frac{3}{2}NkT$。定積加熱では $Q = \Delta U$。

設問(6):コック開放後の混合温度 T'

直感的理解
A と B 気体が混合。全体は断熱(外部と熱交換なし、壁が断熱)。エネルギー保存から、混合後の内部エネルギー = A と B の内部エネルギーの和。モル数と温度の重み付け平均。

内部エネルギー保存(断熱混合、体積和一定):

$$N_A \cdot \frac{3}{2} k T_A + N_B \cdot \frac{3}{2} k T_B = (N_A + N_B) \cdot \frac{3}{2} k T'$$ $$T' = \frac{N_A T_A + N_B T_B}{N_A + N_B}$$

$N_A, N_B$ が同じ圧力 $p$ での気体分子数なら $N \propto V / T$(理想気体 $pV = NkT$):$N_A/V_A T_A = N_B/(V_B T_B)$ ... これは圧力が違えば成立しない。

ここでは圧力一定と仮定した場合:$N_i = p V_i / (k T_i)$。混合後:

$$T' = \frac{p V_A/k + p V_B/k}{p V_A/(k T_A) + p V_B/(k T_B)} = \frac{V_A + V_B}{V_A/T_A + V_B/T_B}$$

より簡単な形では、容積の比 $V_A : V_B = r^3 : (r/2)^3 = 8 : 1$ を使って:

$$T' = \frac{8 T_A + T_B}{8/T_A + 1/T_B} \cdot \frac{1}{9}$$

あるいは圧力一定で:

$$T' = \frac{8 T_A + T_B}{9}$$
答え:$T' = \dfrac{N_A T_A + N_B T_B}{N_A + N_B}$(モル比で重み平均)
補足:混合後の圧力

混合後の総分子数 $N_A + N_B$、体積 $V_A + V_B$、温度 $T'$:$p' = (N_A + N_B) k T' / (V_A + V_B)$。

Point 断熱混合では総内部エネルギーが保存。温度は分子数(モル数)で重み付け平均。

設問(7):圧力の運動論的表式

直感的理解
設問(4)で得た分子単体の壁への力 $mv^2/r$ を全分子で足し、面積で割って圧力。結果は $p = Nm v^2/(3V)$ という有名な公式。

全分子 $N$ 個が各々 $mv^2/r$ の力で球面を押すと、全力 $F = Nmv^2/r$。球の表面積 $4\pi r^2$ で割って圧力:

$$p = \frac{N m v^2/r}{4 \pi r^2} = \frac{N m v^2}{4\pi r^3}$$

球の体積 $V = \frac{4}{3}\pi r^3 \Rightarrow 4\pi r^3 = 3V$:

$$p = \frac{N m v^2}{3 V}$$

これは気体分子運動論の基本式。

答え:$p = \dfrac{N m v^2}{3 V}$
補足:温度との関係

$\frac{1}{2}m v^2 = \frac{3}{2}kT$ より $m v^2 = 3kT$。$p V = N k T$ (理想気体法則)が得られる。これは気体分子運動論からの導出。

Point 圧力 = 単位時間・単位面積あたりの運動量流入。気体分子運動論の中心公式 $p = \dfrac{1}{3}nm\overline{v^2}$。

総合理解と関連トピック

問題全体の俯瞰
本問題は高校物理の基本法則を組み合わせた総合問題。個々の設問は独立して解けるが、全体を通して物理的直感(エネルギー保存、運動量保存、等価原理)を磨く構成になっている。典型的な入試物理の構成を踏襲し、段階的に複雑さを増す設計。

物理問題解法の一般的フロー:

  1. 状況把握:図を描き、物体・力・速度・エネルギーをベクトル/スカラーで整理する。与えられた量と求めるべき量を明確に区別する
  2. 原理選択:運動量保存則、エネルギー保存則、運動方程式のどれが最適か判断する。各問題で最適な手法は異なるため、問題の構造を見抜く力が必要
  3. 立式:文字式で書き、次元(単位)の正しさをチェック。時間 [s]、長さ [m]、質量 [kg] など各量の次元を確認する
  4. 数値代入:SI 単位に揃えて代入、有効数字を意識する。計算の途中で単位を書くと誤算防止に役立つ
  5. 結果検証:物理的に合理的な値か確認。極限値($\theta \to 0$、$m \to \infty$ など)を試して公式の整合性をチェック

よく使う近似・公式まとめ:

$$E_\text{mechanical} = K + U = \frac{1}{2}mv^2 + U(\vec{r}) = \text{const}$$ $$\vec{p}_\text{total} = \sum_i m_i \vec{v}_i = \text{const} \quad \text{(外力 = 0)}$$ $$\vec{F}_\text{net} = m\vec{a} = m\frac{d\vec{v}}{dt}$$ $$\oint \vec{E} \cdot d\vec{\ell} = -\frac{d\Phi_B}{dt} \quad \text{(ファラデーの法則)}$$
総括:物理問題では「どの保存則が使えるか」を最初に判断することが重要。保存則が使えるならエネルギー・運動量の計算で済むが、使えない場合は運動方程式を立てて微分方程式を解く必要がある。複雑な問題でも、小さな部分に分解し、各部分で適切な原理を適用すれば道が見える。
補足:入試頻出パターンと対策

名古屋市立大学の物理は、(1) 力学での複合系(多体、非慣性系、衝突)、(2) 電磁気の回路とローレンツ力の組合せ、(3) 波動・光学の精密実験の3テーマが伝統的に出題される。本問もこのパターンに沿っている。

類題対策:マイケルソン干渉計、ドップラー効果、LC 共振、ヤング干渉、ケプラー望遠鏡。これらは名古屋市立大の過去問で頻繁に見かけるテーマ。

対策のコツ:単一の公式を暗記するよりも、物理現象の因果関係を理解することが重要。例えば、電磁誘導では「磁場の変化 → 起電力 → 電流 → 磁場の変化を打ち消そうとする(レンツの法則)」という連鎖を辿れるようになると、個別の公式を忘れても導出できる。

微積分の活用:高校物理では微積分を使った解法が解法を簡潔にする場面が多い。例えば、変動する電流による磁束変化や、加速度が位置に依存する単振動の運動方程式など、微積分で扱った方がすっきりする。

補足:物理の学習のヒント

理解を深める3つのアプローチ:

  1. 極限値のチェック:式が得られたら、$\theta = 0$, $m \to \infty$, $v = 0$ などの極限で物理的に妥当か確認する。例えば、反発係数 $e = 1$ のとき弾性衝突になり運動エネルギー保存、$e = 0$ のとき完全非弾性で一緒に動く、など
  2. 次元解析:答えの次元(単位)が正しいか必ずチェック。[kg·m/s²] が力、[kg·m²/s²] がエネルギー、[V/m] が電場、など基本的な組合せを頭に入れておく
  3. 別解との比較:同じ問題を「運動方程式」「エネルギー保存」「運動量保存」など複数の方法で解き、同じ結果になるか確認。これにより物理原理の深い理解につながる

数値計算のコツ:

  • 有効数字:答えは与えられた数値の有効数字数と同じかそれ以下で書く。$g = 9.8$ m/s² は 2 桁、$g = 9.80$ m/s² は 3 桁
  • 10 のべき乗:大きい数や小さい数は $3.0 \times 10^8$ などの科学記法で書くと計算ミスが減る
  • 近似:$\pi \simeq 3.14$, $\sqrt{2} \simeq 1.41$, $\sqrt{3} \simeq 1.73$ は覚えておく
Point 入試物理では保存則の使いどころを見抜くのが最重要。エネルギー保存、運動量保存、電荷保存を問題の状況に応じて使い分ける。運動方程式を立てて微分方程式を解く場合も、保存則を使えば積分定数を決定できる。