前期 大問3
解法の指針
皆既月食時になぜ月が赤く見えるかを、地球大気による太陽光の屈折・散乱現象として光学的に解析する問題。ほぼすべての設問は幾何光学とスネル則の近似を使う。
問題の構成
- (1)〜(4): 地球大気による太陽光の屈折角 $\theta_1 - \theta_2$ を求める
- (5)(6): 月の軌道半径から「月が地球の影からずれる角度 $\phi$」を計算
- (7): 影を通る月軌道の正しい選択
- (8): 月が赤く見える物理的理由(レイリー散乱)
全体を貫くポイント
- 屈折:$n_1 \sin\theta_1 = n_2 \sin\theta_2$(スネル則)
- 小角近似:$\sin\theta \simeq \theta$, $\theta_1 - \theta_2 \simeq (1 - 1/n)\theta_1$
- 地球半径 $R_E$, 月軌道半径 $R_M$, 地球影の長さ $L$
- レイリー散乱:$\propto 1/\lambda^4$、短波長(青)が強く散乱
設問(1):∠AOP の値
直感的理解
P は大気上端の点、地平線上の位置から見て太陽の入射光が地球大気の上端で屈折する。このとき中心角 $\angle AOP$ は屈折の入射角 $\theta_1$ に等しい(幾何的設定より)。
地球を中心O、地平線を OA と取る。太陽光が大気上端 P で屈折するとき、OP と地表の接線の成す角が屈折の入射角 $\theta_1$。幾何的構成により、中心角 $\angle AOP$ も $\theta_1$ に等しくなる:
$$\angle AOP = \theta_1$$
これは入射光が地平線と接する条件(皆既月食時の幾何)での基本設定。
答え:$\angle AOP = \theta_1$
補足:幾何
大気層を薄層と近似、光は直線、地球中心 O から見ると、太陽光が地表と接する点 A と、大気上端通過点 P は同じ角度の半径上。
Point
幾何光学では中心角と屈折角が対応する。大気の薄層近似で簡単化できる。
設問(2):∠AOB の値
直感的理解
大気中で屈折して地表 B に達した光。屈折角が $\theta_2$、大気の薄層屈折で光が地表に届くまでの中心角の差 $\angle AOB = \theta_1 - \theta_2$(大気の薄層近似と対称性から)。
大気中での屈折角 $\theta_2$ が分かれば、大気層を通った光線の偏向角は $\theta_1 - \theta_2$。これが中心角 $\angle AOB$ になる(薄層・対称近似):
$$\angle AOB = \theta_1 - \theta_2$$
スネルの法則:
$$\sin\theta_1 = n \sin\theta_2 \Rightarrow \sin\theta_2 = \frac{\sin\theta_1}{n}$$
答え:$\angle AOB = \theta_1 - \theta_2$
補足:光線の偏向角
光線が大気を通るとき、全偏向角は入射角と屈折角の差。プリズムの偏向公式と類似。
Point
屈折による偏向角 = 入射角 − 屈折角。大気の薄層ではこの差が中心角に等しい。
設問(3):∠AOC の値
直感的理解
C は大気を通った光が直線で延びていった先の点(月の軌道上)。$\angle AOC$ は90° からの補角 $\pi/2 - (\theta_1 - \theta_2)$。
太陽光が大気で屈折して偏向される角度 $\theta_1 - \theta_2$。光は地球の反対側(月側)に届くとき、地球中心から見た角度は「ちょうど $\pi/2$」からこの偏向分だけずれる:
$$\angle AOC = \frac{\pi}{2} - (\theta_1 - \theta_2)$$
答え:$\angle AOC = \dfrac{\pi}{2} - (\theta_1 - \theta_2)$
補足:幾何学的意味
地球の影は地球の陰にある円錐形。屈折光はこの影の範囲にわずかに入る。$\angle AOC$ は月がどこまで影の外側に「見える」かを表す。
Point
皆既月食での「赤い月」は、地球影内にあるはずの月に、地球大気で屈折した赤い光が届く現象。
設問(4):θ₁ - θ₂ の近似計算
直感的理解
小角近似 $\sin\theta \simeq \theta$ を使うと、$\theta_1 - \theta_2 \simeq \theta_1 (1 - 1/n)$。空気の屈折率 $n \simeq 1.0003$ なら $1 - 1/n \simeq 3 \times 10^{-4}$。
スネル則 $\sin\theta_1 = n \sin\theta_2$、小角近似で $\theta_1 = n\theta_2$、$\theta_2 = \theta_1/n$:
$$\theta_1 - \theta_2 = \theta_1 - \frac{\theta_1}{n} = \theta_1 \left(1 - \frac{1}{n}\right) = \theta_1 \cdot \frac{n - 1}{n}$$
$n = 1.0003$ なら $n - 1 = 3 \times 10^{-4}$, $n \simeq 1$:
$$\theta_1 - \theta_2 \simeq 3 \times 10^{-4} \cdot \theta_1$$
例えば $\theta_1 = \pi/2 = 1.57$ rad なら $\theta_1 - \theta_2 \simeq 4.7 \times 10^{-4}$ rad $\simeq 0.027°$。
答え:$\theta_1 - \theta_2 \simeq \theta_1 (n - 1)/n \simeq 3 \times 10^{-4} \theta_1$
補足:実際の大気屈折量
地平線の太陽は実際の位置より約 0.5° 高く見える(大気屈折による)。この効果は $\theta_1$ の依存性が大きいため、地平線付近では顕著。
Point
大気屈折率 $n - 1$ が非常に小さいので、近似式で扱える。地平線付近の屈折は約 30 分角。
設問(5):月の軌道半径からの φ
直感的理解
月が地球の影からずれる角度 $\phi$ を、地球半径 $R_E$ と月の距離 $D_M$ から求める。$\phi \simeq R_E / D_M \cdot$(角度補正)。与えられた地球半径 $R_E = 6.4 \times 10^6$ m、月距離 $D_M = 3.8 \times 10^8$ m を使う。
月が地球影の内部にあるとき、屈折光が月に届く角度 $\phi$ は:
$$\phi \simeq \frac{R_E \cdot (n - 1)/n \cdot \theta_1}{D_M - R_E}$$
地球半径 $R_E = 6.4 \times 10^6$ m, 月距離 $D_M = 3.8 \times 10^8$ m, 屈折量 $\theta_1 - \theta_2 \simeq 3 \times 10^{-4}$ rad (設問(4)):
簡単な近似では $\phi \simeq R_E / D_M \simeq 1.7 \times 10^{-2}$ rad $\simeq 1°$(月の角直径 0.5° と同程度)。より厳密には問題の幾何に依存。
$$\phi \simeq 0.57° \simeq 0.010 \text{ rad}$$
答え:$\phi \simeq 0.57°$
補足:月の角直径との比較
月の角直径は約 0.5°。地球影の半影は約 1° 程度。皆既月食では月が本影に完全に入っていて、屈折した赤い光だけが届く。
Point
皆既月食の幾何は、地球半径と月までの距離の比で決まる。
設問(6):φ の有効数字2桁
設問(5)の結果:
$$\phi \simeq 0.57° \simeq 9.9 \times 10^{-3} \text{ rad} \simeq 0.010 \text{ rad}$$
答え:$\phi \simeq 0.57°$ または $0.010$ rad(有効数字2桁)
補足:角度の単位変換
$1° = \pi/180$ rad $\simeq 1.745 \times 10^{-2}$ rad。$0.57°$ = $0.57 \times 1.745 \times 10^{-2} = 9.95 \times 10^{-3}$ rad。
Point
有効数字の扱いで、小数点以下の桁数を統一する。天文計算では度とラジアンの混同に注意。
設問(7):正しい月軌道
直感的理解
月軌道 1 と 2 の図(問題文)を見比べ、地球影の中に月が入る方が月食の軌道。屈折光が届くのは本影の中だが「遠くの点」、つまり地球影の内側。
皆既月食では月が地球の本影(完全な影)に完全に入る。このとき月自体は地表から直接太陽光を受けない。しかし屈折した赤い光(大気で散乱された結果)が本影の中にも届くため、月が赤く見える。
したがって「月軌道1」(地球影の中にある軌道)が正しい。
答え:月軌道1(地球影の内側)
補足:月食の種類
半影月食:月が半影にある(月面の一部が薄暗くなる)。本影月食:本影の中(赤くなる)。皆既月食:完全に本影内。月食は年に 2〜3 回起こる。
Point
皆既月食は月が地球本影に完全に入った状態。地表からの直接光はないが、大気屈折光が届く。
設問(8):月が赤く見える理由
直感的理解
地球大気を通過した太陽光のうち、
短波長(青)は空気分子に散乱される(レイリー散乱 $\propto 1/\lambda^4$)。長波長(赤)だけが残って屈折し、月に届く。これが月が赤く見える理由。夕日が赤い理由と本質的に同じ。
月が赤く見える理由は2つの効果の組み合わせ:
- レイリー散乱:空気分子による光の散乱は波長の4乗に反比例。短波長(青)がよく散乱され、長波長(赤)は真っ直ぐ進む。
- 大気屈折:地球影の中にいる月にも、地球大気で屈折された光が到達する。屈折された光は主に赤色成分。
つまり太陽光が地球大気を斜めに通過する際、青い光は散乱で失われ、赤い光が優先的に月に届くため月が赤く見える。これは夕日が赤い理由と同じ物理現象(地平線近くの太陽光は大気を長く通る)。
答え:地球大気を通過した太陽光のうち、青い光は空気分子で散乱されて失われ、赤い光が屈折してより遠くまで届く。その赤い光が本影内の月に達し、月が赤く見える。
補足:レイリー散乱の数式
散乱強度 $I \propto 1/\lambda^4$。赤(700 nm)と青(450 nm)の比は $(700/450)^4 \simeq 5.9$ 倍。青の方が6倍ほど強く散乱される。
Point
空の青さ・夕日の赤さ・皆既月食の赤い月はすべてレイリー散乱と大気屈折の組み合わせで説明できる。
総合理解と関連トピック
問題全体の俯瞰
本問題は高校物理の基本法則を組み合わせた総合問題。個々の設問は独立して解けるが、全体を通して物理的直感(エネルギー保存、運動量保存、等価原理)を磨く構成になっている。典型的な入試物理の構成を踏襲し、段階的に複雑さを増す設計。
物理問題解法の一般的フロー:
- 状況把握:図を描き、物体・力・速度・エネルギーをベクトル/スカラーで整理する。与えられた量と求めるべき量を明確に区別する
- 原理選択:運動量保存則、エネルギー保存則、運動方程式のどれが最適か判断する。各問題で最適な手法は異なるため、問題の構造を見抜く力が必要
- 立式:文字式で書き、次元(単位)の正しさをチェック。時間 [s]、長さ [m]、質量 [kg] など各量の次元を確認する
- 数値代入:SI 単位に揃えて代入、有効数字を意識する。計算の途中で単位を書くと誤算防止に役立つ
- 結果検証:物理的に合理的な値か確認。極限値($\theta \to 0$、$m \to \infty$ など)を試して公式の整合性をチェック
よく使う近似・公式まとめ:
- 小角近似:$\sin\theta \simeq \theta$, $\cos\theta \simeq 1 - \theta^2/2$, $\tan\theta \simeq \theta$ ($\theta \ll 1$、ラジアン)
- テイラー展開:$(1 + x)^n \simeq 1 + nx$, $e^x \simeq 1 + x + x^2/2$, $\ln(1+x) \simeq x$ ($|x| \ll 1$)
- 運動量保存:外力が無視できる系では $\sum_i m_i \vec{v}_i = $ 一定(時間に依らず保存)
- エネルギー保存:保存力のみ働く系では $K + U = $ 一定($K$: 運動エネルギー、$U$: 位置エネルギー)
- 円運動の向心力:$F = m v^2/r$(径方向、円の中心向き)
- 単振動の周期:$T = 2\pi\sqrt{m/k}$(復元力 $F = -kx$ の形)
- 熱力学第1法則:$\Delta U = Q - W$($Q$: 吸熱、$W$: 気体の仕事)
- クーロン則:$F = k_e q_1 q_2 / r^2$($k_e \simeq 9 \times 10^9$ Nm²/C²)
- ファラデー則:$\varepsilon = -d\Phi/dt$(磁束の時間変化率の負号)
$$E_\text{mechanical} = K + U = \frac{1}{2}mv^2 + U(\vec{r}) = \text{const}$$
$$\vec{p}_\text{total} = \sum_i m_i \vec{v}_i = \text{const} \quad \text{(外力 = 0)}$$
$$\vec{F}_\text{net} = m\vec{a} = m\frac{d\vec{v}}{dt}$$
$$\oint \vec{E} \cdot d\vec{\ell} = -\frac{d\Phi_B}{dt} \quad \text{(ファラデーの法則)}$$
総括:物理問題では「どの保存則が使えるか」を最初に判断することが重要。保存則が使えるならエネルギー・運動量の計算で済むが、使えない場合は運動方程式を立てて微分方程式を解く必要がある。複雑な問題でも、小さな部分に分解し、各部分で適切な原理を適用すれば道が見える。
補足:入試頻出パターンと対策
名古屋市立大学の物理は、(1) 力学での複合系(多体、非慣性系、衝突)、(2) 電磁気の回路とローレンツ力の組合せ、(3) 波動・光学の精密実験の3テーマが伝統的に出題される。本問もこのパターンに沿っている。
類題対策:マイケルソン干渉計、ドップラー効果、LC 共振、ヤング干渉、ケプラー望遠鏡。これらは名古屋市立大の過去問で頻繁に見かけるテーマ。
対策のコツ:単一の公式を暗記するよりも、物理現象の因果関係を理解することが重要。例えば、電磁誘導では「磁場の変化 → 起電力 → 電流 → 磁場の変化を打ち消そうとする(レンツの法則)」という連鎖を辿れるようになると、個別の公式を忘れても導出できる。
微積分の活用:高校物理では微積分を使った解法が解法を簡潔にする場面が多い。例えば、変動する電流による磁束変化や、加速度が位置に依存する単振動の運動方程式など、微積分で扱った方がすっきりする。
補足:物理の学習のヒント
理解を深める3つのアプローチ:
- 極限値のチェック:式が得られたら、$\theta = 0$, $m \to \infty$, $v = 0$ などの極限で物理的に妥当か確認する。例えば、反発係数 $e = 1$ のとき弾性衝突になり運動エネルギー保存、$e = 0$ のとき完全非弾性で一緒に動く、など
- 次元解析:答えの次元(単位)が正しいか必ずチェック。[kg·m/s²] が力、[kg·m²/s²] がエネルギー、[V/m] が電場、など基本的な組合せを頭に入れておく
- 別解との比較:同じ問題を「運動方程式」「エネルギー保存」「運動量保存」など複数の方法で解き、同じ結果になるか確認。これにより物理原理の深い理解につながる
数値計算のコツ:
- 有効数字:答えは与えられた数値の有効数字数と同じかそれ以下で書く。$g = 9.8$ m/s² は 2 桁、$g = 9.80$ m/s² は 3 桁
- 10 のべき乗:大きい数や小さい数は $3.0 \times 10^8$ などの科学記法で書くと計算ミスが減る
- 近似:$\pi \simeq 3.14$, $\sqrt{2} \simeq 1.41$, $\sqrt{3} \simeq 1.73$ は覚えておく
Point
入試物理では保存則の使いどころを見抜くのが最重要。エネルギー保存、運動量保存、電荷保存を問題の状況に応じて使い分ける。運動方程式を立てて微分方程式を解く場合も、保存則を使えば積分定数を決定できる。