前期 大問3
解法の指針
ヤングの複スリット干渉実験の標準的な設定問題です。光源 Q から発した単色光が複スリット S₀ を通り、その後複スリット S₁, S₂ で2つの波源となり、スクリーン C 上で干渉縞を作ります。
問題の構成
- (1) スリットから点 P への経路差の近似式
- (2) 明線の位置の一般式
- (3) 具体的な数値での波長計算
- (4) 太陽光(白色)の場合の明線スペクトル
- (5) S₀ を点 N にずらしたときの影響
- (6) ガラス板の挿入による光路差と縞の移動
全体を貫くポイント
- 経路差 ≃ $dx/R$($d$: スリット間隔、$x$: 原点からの距離、$R$: スリット→スクリーン距離)
- 明線条件:経路差 = $m\lambda$($m = 0, \pm 1, \pm 2, \ldots$)
- 光路差にガラス板を挿入すると $(n-1)D$ だけ光路が長くなる
- $|1+x|^\alpha \simeq 1 + \alpha x$ の近似を活用
設問(1):経路差 S₁P - S₂P ≃ dx/R
直感的理解
複スリット S₁, S₂ の中央 M から点 P までの距離は $R$、スリット間隔は $d$、P の原点からの高さは $x$。$d \ll R$ および $x \ll R$ の条件下で、経路差は幾何学的にほぼ $dx/R$($d$ と $x/R$ の積)になる。
S₁, S₂ からの光が点 P = (0, x)(原点 O からの高さ $x$)に届くまでの距離を計算する。スクリーンとスリット面の距離 $R$、スリット間隔 $d$。
$S_1 = (0, d/2), S_2 = (0, -d/2), P = (R, x)$ とすると:
$$S_1 P = \sqrt{R^2 + (x - d/2)^2}$$
$$S_2 P = \sqrt{R^2 + (x + d/2)^2}$$
$x, d \ll R$ のもとで $\sqrt{1 + \alpha} \simeq 1 + \alpha/2$ を使うと:
$$S_1 P \simeq R + \frac{(x - d/2)^2}{2R}$$
$$S_2 P \simeq R + \frac{(x + d/2)^2}{2R}$$
経路差:
$$S_2 P - S_1 P \simeq \frac{(x + d/2)^2 - (x - d/2)^2}{2R} = \frac{2 \cdot 2 \cdot x \cdot d/2}{2R} = \frac{xd}{R}$$
あるいは $S_1 P - S_2 P \simeq -xd/R$(符号は向きに依存する)、絶対値で:
$$|S_1 P - S_2 P| \simeq \frac{d x}{R}$$
答え:$|S_1 P - S_2 P| \simeq \dfrac{d x}{R}$
別解:幾何学的近似(直感的)
S₁S₂ の垂線の足が P から見えているとすると、S₁S₂ の差分は光の到達方向 $\theta$ に対して $d \sin\theta$。$\sin\theta \simeq x/R$ なので、$d \sin\theta \simeq dx/R$。これも同じ結果。
Point
複スリット干渉の経路差は $dx/R$。これは「スリット間隔 × 角度」とも等価で、干渉計算の基本。
設問(2):明線の位置 x_m
直感的理解
明線条件は「経路差が波長の整数倍」。設問(1)の結果を使うと $\frac{dx}{R} = m\lambda$、これを $x$ について解けば明線の位置。$m = 0$ は原点、$m = \pm 1$ は第一明線、$m = \pm 2$ は第二明線…。
明線(強め合い)の条件:経路差 = 波長の整数倍 $m$。
$$\frac{d x_m}{R} = m \lambda$$
これを $x_m$ について解く:
$$x_m = \frac{m \lambda R}{d}, \quad m = 0, \pm 1, \pm 2, \ldots$$
隣り合う明線の間隔:
$$\Delta x = x_{m+1} - x_m = \frac{\lambda R}{d}$$
答え:$x_m = \dfrac{m \lambda R}{d}$, 明線の間隔 $\Delta x = \dfrac{\lambda R}{d}$
別解:暗線の位置
暗線(弱め合い)の条件:経路差 = $(m + 1/2)\lambda$。$$x_m^{\text{暗}} = \frac{(m + 1/2)\lambda R}{d}$$明線と暗線が交互に並ぶ。
Point
ヤングの干渉では明線間隔 $\lambda R / d$ で、波長・距離に比例、スリット間隔に反比例。スペクトル分析の基本。
設問(3):数値から波長 λ を計算
直感的理解
$d = 0.20$ mm, $R = 40$ cm, $m = 1$ の明線位置が 1.2 mm のとき、明線の条件式を逆に解けば $\lambda$ が求まる。単位を揃えるのを忘れずに。
設問(2)の式 $x_m = m\lambda R / d$ を $\lambda$ について解く:
$$\lambda = \frac{d \cdot x_m}{m \cdot R}$$
与えられた値(SI単位系に揃える):$d = 2.0 \times 10^{-4}$ m, $R = 0.40$ m, $m = 1$, $x_1 = 1.2 \times 10^{-3}$ m を代入:
$$\lambda = \frac{(2.0 \times 10^{-4})(1.2 \times 10^{-3})}{1 \cdot 0.40}$$
$$= \frac{2.4 \times 10^{-7}}{0.40} = 6.0 \times 10^{-7} \text{ m}$$
これは可視光の橙色〜赤色付近に相当する(600 nm)。
答え:$\lambda = 6.0 \times 10^{-7}$ m(600 nm、橙色の可視光)
補足:可視光の波長範囲
紫(400 nm)〜赤(700 nm)の範囲で、600 nm は橙色付近。ナトリウムランプ(黄色)は589 nm。
Point
干渉実験から波長を逆算する計算は基本的な手法。$\lambda = d \cdot \Delta x / R$ で実験値から波長を決定。
設問(4):太陽光(白色光)での明線
直感的理解
白色光はさまざまな波長を含む。明線位置は波長に比例するから、$m = 1$ の明線では
波長の短い紫色が原点に近く、長い赤色が原点から遠い位置に現れる。結果として1本の明線が
スペクトル(色の帯)として広がって見える。
白色光は連続スペクトル。$x_m = m\lambda R / d$ より、波長 $\lambda$ が大きい(赤)ほど原点から遠くなる。$m = 1$ の位置:
紫色 $\lambda_\text{紫} \simeq 400$ nm: $x_1^\text{紫} = \frac{400 \times 10^{-9} \cdot R}{d}$
赤色 $\lambda_\text{赤} \simeq 700$ nm: $x_1^\text{赤} = \frac{700 \times 10^{-9} \cdot R}{d}$
色の分離幅:
$$\Delta x = x_1^\text{赤} - x_1^\text{紫} = \frac{(700 - 400) \times 10^{-9} R}{d} = \frac{3 \times 10^{-7} R}{d}$$
$R = 0.40$ m, $d = 2.0 \times 10^{-4}$ m での値:$\Delta x = 6 \times 10^{-4}$ m = 0.6 mm
原点($m = 0$)では全ての波長が強め合うので白色のまま。$m = 1, 2, \ldots$ の明線は波長ごとに位置が違うのでスペクトル帯状に広がる。
答え:原点($m=0$)では白色。$m = \pm 1, \pm 2, \ldots$ の明線は波長に比例して位置が変わり、紫色が原点に近く、赤色が原点から遠いスペクトル帯として広がる。
補足:なぜ原点は白か
$m = 0$ では経路差 $= 0$。どの波長でも強め合うので、原色の足し算 = 白になる。$m \neq 0$ では波長ごとに強め合う位置がずれるので分光される。
Point
白色光の干渉では原点だけが白色で、周囲は虹色スペクトル。分光器の原理でもある。
設問(5):S₀ が点 N にずれたときの縞の移動
直感的理解
光源スリット $S_0$ が中心軸から距離 $d_N$ だけずれると、$S_0$ から $S_1, S_2$ までの距離も変わる。この新しい光路差によって、スクリーン上の明線全体が逆方向にシフトする。$S_0 S_1 - S_0 S_2 = d_N d / L$(近似)。
光源 S₀ が中央軸から $d_N$ だけずれると、$S_0 S_1 - S_0 S_2$ の経路差が追加される。幾何的に:
$$S_0 S_1 - S_0 S_2 \simeq \frac{d_N d}{L}$$
点 P での全経路差は、スリット前後の和:
$$\Delta = (S_0 S_1 + S_1 P) - (S_0 S_2 + S_2 P) = \frac{d_N d}{L} + \frac{x d}{R}$$
明線の条件 $\Delta = m\lambda$:
$$\frac{d_N d}{L} + \frac{x_m d}{R} = m \lambda$$
$$x_m = \frac{m \lambda R}{d} - \frac{R d_N}{L}$$
全明線は同じだけシフトする。シフト量 $\Delta x_s = -\frac{R d_N}{L}$($S_0$ が上にずれたら明線は下にずれる、つまり逆方向)。
答え:$x_m = \dfrac{m \lambda R}{d} - \dfrac{R}{L} d_N$($S_0$ の移動に対して縞は逆方向にシフト)
別解:中央極大の移動
$m = 0$ では $x_0 = -R d_N / L$。つまり中央明線が $S_0$ の位置に応じて反対側にシフトする(光軸が曲がった効果)。これは光源の方向が変わると「基準方向」もそれに追随するためと解釈できる。
Point
光源の位置が変わると、中央明線の位置が光源から見て対称な方向にシフトする。スリットの位置校正で重要な考え方。
設問(6):ガラス板挿入による干渉じまの移動
直感的理解
屈折率 $n > 1$ のガラス板(厚さ $D$)を S₀ から S₁ に向かう光路に垂直に差し込むと、その光路での光学距離が $nD$ に延長される(実距離 $D$ の代わりに)。経路差が $(n-1)D$ だけ追加されるので、その分明線がずれる。S₀→S₁ の光路が長くなると、S₂ から来る光の方が相対的に「早い」ので、S₁ 側の光路を補う方向($x > 0$ 側)に明線がシフトする。
ガラス板(屈折率 $n$、厚さ $D$)を S₀ から S₁ への光路に挿入すると、その区間の光学距離(光路長)が:
$$\text{元の長さ } D \rightarrow \text{新しい長さ } nD$$
光路差の追加量:
$$\delta = nD - D = (n - 1)D$$
S₁ 側の光路が光学的に長くなるので、S₂ 側との差を打ち消すには点 P が S₁ 側(上)にずれる必要がある。明線条件:
$$\frac{x_m d}{R} + (n - 1)D = m\lambda$$
$m$ を固定すると:
$$x_m = \frac{m\lambda R}{d} - \frac{(n - 1)D \cdot R}{d}$$
中央極大($m = 0$)のずれ:
$$\Delta x = -\frac{(n - 1) D R}{d}$$
マイナスの符号は「$S_1$ 側と反対方向にずれる」と解釈されるが、問題の文脈では「上下どちらか」を聞いている。ガラス板が挿入された S₁ 側の光路を補うように、明線は S₁ の反対側(下方)にシフトする…と誤解されやすい。実際は、S₁ 側の光路が長くなった分、点 P も S₁ 側に近い位置でないと S₂ の光路とバランスしない。したがってS₁ 側(上方向)にシフト。
$$|\Delta x| = \frac{(n - 1) D R}{d}$$
答え:明線は上方向(S₁ 側)へシフトし、移動距離 $|\Delta x| = \dfrac{(n - 1) D R}{d}$
別解:光学的距離の考え方
光路長は「幾何距離 × 屈折率」。真空中の光路長換算で考えると、ガラス中の $D$ は実効的に $nD$。中央極大は「2つの光路長が等しい位置」なので、$S_1$ 側が長くなったら、点 P は $S_1$ 側に近づくことで $S_2$ 側の幾何距離を長くしてバランスを取る。
Point
屈折率 $n$ の媒質中では光路長が $n$ 倍になる。ガラス板を挿入することで光路差 $(n-1)D$ が加わり、干渉縞の位置がシフトする。
総合理解と関連トピック
問題全体の俯瞰
本問題は高校物理の基本法則を組み合わせた総合問題。個々の設問は独立して解けるが、全体を通して物理的直感(エネルギー保存、運動量保存、等価原理)を磨く構成になっている。典型的な入試物理の構成を踏襲し、段階的に複雑さを増す設計。
物理問題解法の一般的フロー:
- 状況把握:図を描き、物体・力・速度・エネルギーをベクトル/スカラーで整理する。与えられた量と求めるべき量を明確に区別する
- 原理選択:運動量保存則、エネルギー保存則、運動方程式のどれが最適か判断する。各問題で最適な手法は異なるため、問題の構造を見抜く力が必要
- 立式:文字式で書き、次元(単位)の正しさをチェック。時間 [s]、長さ [m]、質量 [kg] など各量の次元を確認する
- 数値代入:SI 単位に揃えて代入、有効数字を意識する。計算の途中で単位を書くと誤算防止に役立つ
- 結果検証:物理的に合理的な値か確認。極限値($\theta \to 0$、$m \to \infty$ など)を試して公式の整合性をチェック
よく使う近似・公式まとめ:
- 小角近似:$\sin\theta \simeq \theta$, $\cos\theta \simeq 1 - \theta^2/2$, $\tan\theta \simeq \theta$ ($\theta \ll 1$、ラジアン)
- テイラー展開:$(1 + x)^n \simeq 1 + nx$, $e^x \simeq 1 + x + x^2/2$, $\ln(1+x) \simeq x$ ($|x| \ll 1$)
- 運動量保存:外力が無視できる系では $\sum_i m_i \vec{v}_i = $ 一定(時間に依らず保存)
- エネルギー保存:保存力のみ働く系では $K + U = $ 一定($K$: 運動エネルギー、$U$: 位置エネルギー)
- 円運動の向心力:$F = m v^2/r$(径方向、円の中心向き)
- 単振動の周期:$T = 2\pi\sqrt{m/k}$(復元力 $F = -kx$ の形)
- 熱力学第1法則:$\Delta U = Q - W$($Q$: 吸熱、$W$: 気体の仕事)
- クーロン則:$F = k_e q_1 q_2 / r^2$($k_e \simeq 9 \times 10^9$ Nm²/C²)
- ファラデー則:$\varepsilon = -d\Phi/dt$(磁束の時間変化率の負号)
$$E_\text{mechanical} = K + U = \frac{1}{2}mv^2 + U(\vec{r}) = \text{const}$$
$$\vec{p}_\text{total} = \sum_i m_i \vec{v}_i = \text{const} \quad \text{(外力 = 0)}$$
$$\vec{F}_\text{net} = m\vec{a} = m\frac{d\vec{v}}{dt}$$
$$\oint \vec{E} \cdot d\vec{\ell} = -\frac{d\Phi_B}{dt} \quad \text{(ファラデーの法則)}$$
総括:物理問題では「どの保存則が使えるか」を最初に判断することが重要。保存則が使えるならエネルギー・運動量の計算で済むが、使えない場合は運動方程式を立てて微分方程式を解く必要がある。複雑な問題でも、小さな部分に分解し、各部分で適切な原理を適用すれば道が見える。
補足:入試頻出パターンと対策
名古屋市立大学の物理は、(1) 力学での複合系(多体、非慣性系、衝突)、(2) 電磁気の回路とローレンツ力の組合せ、(3) 波動・光学の精密実験の3テーマが伝統的に出題される。本問もこのパターンに沿っている。
類題対策:マイケルソン干渉計、ドップラー効果、LC 共振、ヤング干渉、ケプラー望遠鏡。これらは名古屋市立大の過去問で頻繁に見かけるテーマ。
対策のコツ:単一の公式を暗記するよりも、物理現象の因果関係を理解することが重要。例えば、電磁誘導では「磁場の変化 → 起電力 → 電流 → 磁場の変化を打ち消そうとする(レンツの法則)」という連鎖を辿れるようになると、個別の公式を忘れても導出できる。
微積分の活用:高校物理では微積分を使った解法が解法を簡潔にする場面が多い。例えば、変動する電流による磁束変化や、加速度が位置に依存する単振動の運動方程式など、微積分で扱った方がすっきりする。
補足:物理の学習のヒント
理解を深める3つのアプローチ:
- 極限値のチェック:式が得られたら、$\theta = 0$, $m \to \infty$, $v = 0$ などの極限で物理的に妥当か確認する。例えば、反発係数 $e = 1$ のとき弾性衝突になり運動エネルギー保存、$e = 0$ のとき完全非弾性で一緒に動く、など
- 次元解析:答えの次元(単位)が正しいか必ずチェック。[kg·m/s²] が力、[kg·m²/s²] がエネルギー、[V/m] が電場、など基本的な組合せを頭に入れておく
- 別解との比較:同じ問題を「運動方程式」「エネルギー保存」「運動量保存」など複数の方法で解き、同じ結果になるか確認。これにより物理原理の深い理解につながる
数値計算のコツ:
- 有効数字:答えは与えられた数値の有効数字数と同じかそれ以下で書く。$g = 9.8$ m/s² は 2 桁、$g = 9.80$ m/s² は 3 桁
- 10 のべき乗:大きい数や小さい数は $3.0 \times 10^8$ などの科学記法で書くと計算ミスが減る
- 近似:$\pi \simeq 3.14$, $\sqrt{2} \simeq 1.41$, $\sqrt{3} \simeq 1.73$ は覚えておく
Point
入試物理では保存則の使いどころを見抜くのが最重要。エネルギー保存、運動量保存、電荷保存を問題の状況に応じて使い分ける。運動方程式を立てて微分方程式を解く場合も、保存則を使えば積分定数を決定できる。