水平な床に固定された「ピストンつき断熱容器」に単原子分子理想気体が封入されている。台車がピストンに衝突して気体を断熱圧縮し、跳ね返される過程を扱う総合問題です。設問 I は気体が1領域、設問 II は固定壁で仕切られた2領域へと発展します。
台車の運動エネルギー:台車の質量 \(m\)、初速度 \(v_0\) より、
$$K_0 = \frac{1}{2}mv_0^2$$気体の内部エネルギー:単原子分子理想気体(\(n = 1\,\text{mol}\))の内部エネルギーは、並進3自由度に対応して \(\frac{3}{2}nRT\) です。\(n=1\) なので、
$$U_0 = \frac{3}{2}nRT_0 = \frac{3}{2}RT_0$$具体的な数値例:\(m = 2.0\,\text{kg}\)、\(v_0 = 10\,\text{m/s}\)、\(T_0 = 300\,\text{K}\) のとき、
$$K_0 = \frac{1}{2}\times 2.0 \times 10^2 = 1.0\times 10^2\ \text{J}$$ $$U_0 = \frac{3}{2}\times 8.31 \times 300 \fallingdotseq 3.7\times 10^3\ \text{J}$$単原子分子(He, Ne, Ar など)は回転の自由度を持たず、並進運動の3自由度のみを持ちます。エネルギー等分配の法則により1自由度あたり \(\frac{1}{2}k_BT\)、1分子あたり \(\frac{3}{2}k_BT\)、\(n\) モルでは \(\frac{3}{2}nRT\) です。
2原子分子(\(\gamma = 7/5\))なら回転2自由度が加わり \(U = \frac{5}{2}nRT\) となるため、後の設問でポアソンの法則を使う際に \(\gamma\) の値が変わる点に注意します。
\(n = 1\,\text{mol}\) なので \(U_0 = \frac{3}{2}RT_0\) であり \(nR\) は \(R\) になる。以降の設問では \(K_0\) と \(U_0\) の比を多用するので、ここで正確に定義しておくことが要です。
エネルギー保存則の立式:外側は真空なのでピストンは大気に対して仕事をせず、断熱容器なので熱の出入りもありません。台車が \(t_1\) で静止するまでに失った運動エネルギー \(K_0\) は、すべて気体の内部エネルギー増加に変わります。
$$U_1 = U_0 + K_0$$温度との関係:\(U = \frac{3}{2}RT\)(\(n=1\))を使うと、
$$\frac{3}{2}RT_1 = \frac{3}{2}RT_0 + K_0$$両辺から \(\frac{3}{2}RT_0 = U_0\) を使って整理すると、
$$\frac{3}{2}R(T_1 - T_0) = K_0 \quad\Rightarrow\quad T_1 - T_0 = \frac{2K_0}{3R}$$ここで \(\frac{3}{2}RT_0 = U_0\) より \(\frac{3}{2}R = \dfrac{U_0}{T_0}\)、すなわち \(\dfrac{2}{3R} = \dfrac{T_0}{U_0}\) を代入すると、
$$T_1 - T_0 = K_0 \cdot \frac{T_0}{U_0} \quad\Rightarrow\quad T_1 = T_0\left(1 + \frac{K_0}{U_0}\cdot\frac{2}{3}\cdot\frac{3}{2}\right)$$整理して、
$$\boxed{\ \frac{T_1}{T_0} = 1 + \frac{2K_0}{3U_0}\ }$$具体的な数値例:\(K_0 = 1.0\times10^2\,\text{J}\)、\(U_0 = 3.7\times10^3\,\text{J}\) のとき、
$$\frac{T_1}{T_0} = 1 + \frac{2\times 1.0\times10^2}{3\times 3.7\times10^3} \fallingdotseq 1.018$$\(T_0 = 300\,\text{K}\) なら \(T_1 \fallingdotseq 305\,\text{K}\)。台車の運動エネルギーに比べ気体の内部エネルギーが十分大きいので、温度上昇はわずかです。
単原子分子の定積モル比熱は \(C_V = \frac{3}{2}R\)。断熱(\(Q=0\))で気体になされた仕事が \(W = K_0\) なので、熱力学第一法則 \(\Delta U = Q + W\) より、
$$nC_V(T_1 - T_0) = K_0 \quad\Rightarrow\quad 1\cdot\frac{3}{2}R(T_1-T_0)=K_0$$\(U_0=\frac{3}{2}RT_0\) より \(\frac{3}{2}R=\frac{U_0}{T_0}\) を代入すると、
$$\frac{U_0}{T_0}(T_1-T_0)=K_0 \quad\Rightarrow\quad \frac{T_1-T_0}{T_0}=\frac{K_0}{U_0}\cdot\frac{2}{3}$$よって \(\dfrac{T_1}{T_0}=1+\dfrac{2K_0}{3U_0}\) と一致します。
外側が真空であることが効いている。もし外側に大気があれば、ピストンは大気に対しても仕事をするため \(U_1 = U_0 + K_0\) は成立しない。「真空=余計な仕事なし=エネルギーは全部気体へ」が本問の核心。
ポアソンの法則(温度と体積の関係):状態方程式 \(PV = nRT\) を \(PV^\gamma = \text{一定}\) に代入すると \(TV^{\gamma-1} = \text{一定}\) が得られます。単原子分子は \(\gamma = \frac{5}{3}\) なので \(\gamma - 1 = \frac{2}{3}\):
$$T_0 V_0^{2/3} = T_1 V_1^{2/3}$$\(V_1/V_0\) について解くと、
$$\left(\frac{V_1}{V_0}\right)^{2/3} = \frac{T_0}{T_1} \quad\Rightarrow\quad \frac{V_1}{V_0} = \left(\frac{T_0}{T_1}\right)^{3/2}$$設問 I(2) の結果 \(\dfrac{T_1}{T_0} = 1 + \dfrac{2K_0}{3U_0}\) を代入すると、
$$\boxed{\ \frac{V_1}{V_0} = \left(1 + \frac{2K_0}{3U_0}\right)^{-3/2}\ }$$具体的な数値例:\(K_0 = 1.0\times10^2\,\text{J}\)、\(U_0 = 3.7\times10^3\,\text{J}\) のとき \(\dfrac{T_1}{T_0} \fallingdotseq 1.018\) なので、
$$\frac{V_1}{V_0} = (1.018)^{-3/2} \fallingdotseq 0.973$$体積は約 2.7% 減少。\(K_0/U_0\) が小さいので、わずかな圧縮にとどまります。
状態方程式 \(P=\dfrac{nRT}{V}\) を \(PV^\gamma=\text{一定}\) に代入すると、
$$\frac{nRT}{V}\cdot V^\gamma = nRT\cdot V^{\gamma-1}=\text{一定}$$\(n,R\) は定数なので \(TV^{\gamma-1}=\text{一定}\)。これは本文と同じ式で、結果も一致します。
| 気体 | \(C_V\) | \(C_P\) | \(\gamma\) |
|---|---|---|---|
| 単原子(He, Ar) | \(\frac{3}{2}R\) | \(\frac{5}{2}R\) | \(\frac{5}{3}\fallingdotseq1.67\) |
| 2原子(N₂, O₂) | \(\frac{5}{2}R\) | \(\frac{7}{2}R\) | \(\frac{7}{5}=1.40\) |
本問では「単原子分子」と明記され、しかも問題文で \(pV^{5/3}=\text{一定}\) と与えられているので \(\gamma=5/3\) を使います。
ポアソンの法則は \(PV^\gamma=\text{一定}\)、\(TV^{\gamma-1}=\text{一定}\)、\(T^\gamma P^{1-\gamma}=\text{一定}\) の3つの等価表現がある。温度比から体積比を一発で出すには \(TV^{\gamma-1}=\text{一定}\) が最短。指数 \(-\frac{3}{2}\) は \(\dfrac{1}{\gamma-1}=\dfrac{3}{2}\) の符号反転。
各時間帯の運動を整理する:
終速の決定(エネルギー保存):気体は \(V_0\) に戻った瞬間 \(T_0\) に戻る(断熱・可逆なので \(TV^{2/3}\) が保存し、\(V\) が戻れば \(T\) も戻る)。したがって気体の内部エネルギーは元に戻り、台車は運動エネルギーをすべて取り戻す:
$$\frac{1}{2}mv_{t_2}^2 = \frac{1}{2}mv_0^2 \quad\Rightarrow\quad |v_{t_2}| = v_0$$向きは逆なので \(v_{t_2} = -v_0\)(ちょうど \(-v_0\)。それより速くも遅くもならない)。
選択肢の絞り込み:
圧縮(\(t_0\to t_1\))と膨張(\(t_1\to t_2\))は、同じ断熱曲線 \(PV^{5/3}=\text{一定}\) を逆向きにたどる過程です。台車の位置が同じなら気体の体積・圧力も同じで、台車にはたらく力の大きさも同じ。違いは速度の向きだけ。よって \(v(t)\) は \(t_1\) を中心に時間反転対称(点対称)になります。摩擦やエネルギー散逸があるとこの対称性は崩れ、戻りの速さは \(v_0\) より小さくなります(→ 設問 II の状況)。
グラフ選択問題は「① 終点の値(エネルギー保存)」「② 傾きの変化(力の大小)」「③ 対称性(過程の可逆性)」の3点で絞り込むと確実。終速が \(\pm v_0\) を超える形は即除外できる。
状況整理:放出(\(t_3\to t_4\))では、左の気体が体積 \(V_1 \to V_0\) に断熱膨張し、台車を押し出します。ピストンが動いていた時間は短く、この間の固定壁を通じた熱の移動は無視できる(問題文)ので、これは断熱膨張です。
エネルギー保存則の立式:左の気体が膨張で失った内部エネルギーが、すべて台車の運動エネルギー \(K_4\) になります(外側は真空、断熱)。膨張前の左の温度は \(T_3\)、膨張後は \(T_4\) なので、
$$K_4 = U_3^{(左)} - U_4^{(左)} = \frac{3}{2}R T_3 - \frac{3}{2}R T_4$$まとめると、
$$\boxed{\ K_4 = \frac{3}{2}R\,(T_3 - T_4)\ }$$確認:\(K_4 = \frac{1}{2}mv_4^2 \ge 0\) なので \(T_3 \ge T_4\)、つまり膨張で左の気体は冷える(設問 II(2) で確認)。
放出のあいだ(\(t_3\to t_4\))は熱の移動が無視できるため、右の気体は体積 \(V_0\) のまま温度 \(T_3\) を保ちます。右は仕事も熱もやりとりしないので内部エネルギーが変化せず、台車を押すのは左の気体だけ。よって \(K_4\) には左の気体の内部エネルギー変化のみが現れます。
設問 I では「気体が \(V_0\) に戻れば \(T_0\) に戻る」ので台車は \(v_0\) を取り戻したが、設問 II では待っている間に熱が右へ逃げて左の気体が冷えてしまう。だから膨張後の温度 \(T_4\) は \(T_0\) に戻らず、台車も \(v_0\) より遅くなる。
① 圧縮:\(T_1 > T_0\)。設問 I(2) と同じく左の気体は断熱圧縮で温度が上がる:
$$\frac{T_1}{T_0} = 1 + \frac{2K_0}{3U_0} > 1 \quad\Rightarrow\quad T_1 > T_0$$② 熱平衡:\(T_3=\dfrac{T_0+T_1}{2}\)。台車を固定して待つあいだ、容器は外と断熱、左右の体積も固定なので仕事も外との熱の出入りもなし。内部エネルギーの総和が保存します(左は \(T_1\)、右は \(T_0\) からスタート):
$$\frac{3}{2}RT_1 + \frac{3}{2}RT_0 = \frac{3}{2}RT_3 + \frac{3}{2}RT_3$$ $$T_1 + T_0 = 2T_3 \quad\Rightarrow\quad T_3 = \frac{T_0 + T_1}{2}$$平均なので \(T_0 < T_3 < T_1\)。
③ 断熱膨張:\(T_4 < T_3\)。左の気体は \(V_1 \to V_0\)(\(V_0 > V_1\))と膨張するので冷える。ポアソンの法則より、
$$T_4 = T_3\left(\frac{V_1}{V_0}\right)^{2/3}$$ここで圧縮時の関係 \(T_1 = T_0\left(\dfrac{V_0}{V_1}\right)^{2/3}\) から \(\left(\dfrac{V_1}{V_0}\right)^{2/3} = \dfrac{T_0}{T_1}\)。これを代入すると、
$$T_4 = T_3\cdot\frac{T_0}{T_1} = \frac{T_0+T_1}{2}\cdot\frac{T_0}{T_1} = \frac{T_0}{2}\left(1+\frac{T_0}{T_1}\right)$$④ \(T_4\) と \(T_0\) の比較:\(T_1 > T_0\) より \(\dfrac{T_0}{T_1} < 1\) なので、
$$\frac{T_4}{T_0} = \frac{1}{2}\left(1 + \frac{T_0}{T_1}\right) < \frac{1}{2}(1+1) = 1 \quad\Rightarrow\quad T_4 < T_0$$以上をつなげると、
$$\boxed{\ T_4 < T_0 < T_3 < T_1\ }$$左の気体が圧縮で得たエネルギー \(K_0\) のうち、熱平衡で右の気体に半分(\(\frac{K_0}{2}\) に相当)が移ります。膨張で左が押し返すのは「自分の残ったエネルギー」だけ。だから戻りで台車に渡せるエネルギーは \(K_0\) より小さく、最終的に左は出発点 \(T_0\) より冷えた \(T_4\) で終わる。右に熱を分け与えたぶん、左は損をしているわけです。
熱平衡 \(T_3\) は「左右1molずつなので単純平均」。これは両領域の体積が固定で外との熱・仕事の出入りがないから。\(T_4 < T_0\) は「右へ熱を逃がした不可逆性」の現れで、設問 II 全体はエネルギーの一部が散逸する不可逆過程になっている。
① 速さの比を運動エネルギーの比に:\(K_0 = \frac{1}{2}mv_0^2\)、\(K_4 = \frac{1}{2}mv_4^2\) なので、
$$e^2 = \frac{v_4^2}{v_0^2} = \frac{K_4}{K_0}$$② \(K_4\) を温度比で書く:設問 II(1)(2) より \(K_4 = \frac{3}{2}R(T_3 - T_4)\)、\(T_3 = \frac{T_0+T_1}{2}\)、\(T_4 = \frac{T_0}{2}\left(1+\frac{T_0}{T_1}\right)\)。差をとると、
$$T_3 - T_4 = \frac{T_0+T_1}{2}\left(1 - \frac{T_0}{T_1}\right) = \frac{T_0+T_1}{2}\cdot\frac{T_1-T_0}{T_1} = \frac{T_1^2 - T_0^2}{2T_1}$$よって、
$$K_4 = \frac{3}{2}R\cdot\frac{T_1^2 - T_0^2}{2T_1} = \frac{3R}{4}\cdot\frac{T_1^2 - T_0^2}{T_1}$$③ \(K_0,\,U_0\) に変換:\(r \equiv \dfrac{T_1}{T_0} = 1 + \dfrac{2K_0}{3U_0}\) とおくと \(\dfrac{T_1^2 - T_0^2}{T_1} = T_0\dfrac{r^2-1}{r}\)。また \(\frac{3}{2}RT_0 = U_0\) より \(\frac{3R}{4}T_0 = \frac{U_0}{2}\) なので、
$$K_4 = \frac{U_0}{2}\cdot\frac{r^2 - 1}{r}$$④ 比をとって整理:
$$e^2 = \frac{K_4}{K_0} = \frac{U_0}{2K_0}\cdot\frac{r^2-1}{r}$$\(r - 1 = \dfrac{2K_0}{3U_0}\) を使うと \(r^2-1=(r-1)(r+1)\) より、
$$e^2 = \frac{U_0}{2K_0}\cdot\frac{(r-1)(r+1)}{r} = \frac{U_0}{2K_0}\cdot\frac{2K_0}{3U_0}\cdot\frac{r+1}{r} = \frac{1}{3}\cdot\frac{r+1}{r}$$最後に \(r = \dfrac{3U_0 + 2K_0}{3U_0}\) を代入すると \(\dfrac{r+1}{r} = \dfrac{(3U_0+2K_0)+3U_0}{3U_0+2K_0} = \dfrac{6U_0+2K_0}{3U_0+2K_0}\) なので、
$$e^2 = \frac{1}{3}\cdot\frac{6U_0 + 2K_0}{3U_0 + 2K_0} = \frac{2(3U_0 + K_0)}{3(3U_0 + 2K_0)}$$したがって、
$$\boxed{\ e = \sqrt{\dfrac{2(3U_0 + K_0)}{3(3U_0 + 2K_0)}}\ }$$具体的な数値例:\(K_0 = U_0\)(\(k=1\))のとき、
$$e = \sqrt{\frac{2(3+1)}{3(3+2)}} = \sqrt{\frac{8}{15}} \fallingdotseq 0.730$$戻りの速さは入射の約 73%。\(K_0/U_0 \to 0\)(圧縮が弱い極限)では \(e \to \sqrt{2/3}\fallingdotseq 0.816\)、\(K_0\) が大きいほど \(e\) は小さくなり、いずれも \(e < 1\)。熱が右へ逃げるぶん必ず遅くなる。
\(e^2 = \dfrac{2(3U_0+K_0)}{3(3U_0+2K_0)}\) で \(e^2 < 1\) を確かめると、\(2(3U_0+K_0) < 3(3U_0+2K_0)\) すなわち \(6U_0+2K_0 < 9U_0+6K_0\)、つまり \(0 < 3U_0 + 4K_0\) で常に成立。よって \(e<1\)。
これは「固定壁を通じて右の領域へ熱(エネルギー)が逃げた」ことの帰結です。設問 I(仕切りなし・可逆)では \(e=1\) でしたが、設問 II では熱の移動という不可逆過程が入るため \(e<1\) になります。
速さの比は運動エネルギーの比の平方根。\(T_1/T_0 = r\) を中間変数に置き、最後に \(r=1+\frac{2K_0}{3U_0}\) を代入する2段構えが計算をすっきりさせるコツ。\((r^2-1)=(r-1)(r+1)\) の因数分解で \(K_0\) が約分されるのが気持ちよい山場。