電子 1 個の重さは、およそ 1 兆分の 1 の、さらに 1 兆分の 1 の、さらに 10 億分の 1 グラムです。てんびんに載せることも、目で見ることもできないこの粒の質量を、人類は 100 年以上前に量りきっています。どうやって量ったのでしょうか。このページでは、トムソンが比電荷を測った実験と、ミリカンが電気素量を測った実験の 2 つをたどります。大事なのは、どちらか一方だけでは質量が出ないことです。2 つがそろって初めて、電子 1 個の質量が決まります。
下の図はクルックス管です。左の陰極から飛び出した電子が、スリットを通ってまっすぐ右へ進み、右端の蛍光板に当たって光ります。スライダー「電場 E」を動かすと、極板のあいだに電場がかかってビームが曲がります。曲がる向きは上、つまりプラスの極板の側です。電子がマイナスの電気をもっている証拠です。そのまま「磁場 B」を上げていくと、曲がりがだんだん戻り、250 μT ちょうどでまっすぐになります。このとき電気力と磁気力がつりあっていて、図の下に \(v = E/B\) の値が出ます。電場だけ・磁場だけ・両方の 3 つの状態を行き来して、まっすぐになるのは 1 か所だけであることを確かめてください。
電子 1 個の質量は $$ m = 9.11\times10^{-31}\ \text{kg} $$ です。小数点以下に 0 が 30 個並ぶ数で、1 兆分の 1 のさらに 1 兆分の 1 の、さらに 10 億分の 1 グラムにあたります。
この粒はてんびんに載せられませんし、目で見ることもできません。それなのに、なぜ質量が分かるのでしょうか。
答えは、2 つの実験を掛け合わせたからです。どちらか一方だけでは足りません。
1 つ目がトムソンの実験です。ここで分かるのは電気量と質量の比、\(\dfrac{e}{m}\) で、これを比電荷といいます。
2 つ目がミリカンの実験です。ここで分かるのは電気量そのもの、\(e\) です。
比が分かっていて、その片方が分かれば、もう片方は決まります。\(\dfrac{e}{m}\) と \(e\) がそろえば \(m\) が出る、という筋です。
式で書けば、質量は割り算 1 回で出てきます。$$ m = e \div \frac{e}{m} $$このページでは、この 2 つの実験を順にたどります。
使う考え方:電子・陰極線・比電荷・トムソン・ミリカン・電気素量・原子
ここからが本題です。電子の質量にたどり着く道すじは 3 段階あります。まず陰極線を電場で曲げます。ずれの大きさから比電荷が出せそうに見えますが、式に速さ \(v\) が残ってしまいます。次に磁場を足してビームをまっすぐに戻します。このつりあいから速さが \(v = E/B\) と決まり、じゃまだった \(v\) が式から消えます。最後にミリカンの実験で電気素量を測り、比電荷と組み合わせて質量を出します。
電子が見つかったときの装置から見ていきます。クルックス管という、ガラスでできた真空管です。
管の中の空気をうすくして、両端に高い電圧をかけます。空気が入ったままだと放電が起きてしまうので、うすくするのが要点です。
すると陰極から何かが飛び出し、反対側の蛍光板に当たって光ります。途中に物を置くと影ができるので、まっすぐ飛ぶ何かが出ていることが分かります。
この「何か」を陰極線といいます。
ここで極板に電圧をかけて電場をつくると、ビームはプラスの極板の側へ曲がります。
プラスに引かれるのですから、飛んでいるのはマイナスの電気をもった粒です。これが電子です。
ただし、ここまでで分かったのは「マイナスの粒である」ことだけです。1 個の重さも、1 個がもつ電気量も、まだ分かりません。
そこでトムソンは、曲がり方を数で測ることにしました。次からが、その測り方です。
曲がり方を測る前に、陰極線について分かっていたことを並べておきます。
1 つ目は、まっすぐ進むことです。
管の途中に十字の形をした板を置くと、蛍光板にくっきりと十字の影ができます。光と同じように、かげをつくるのです。
2 つ目は、当たったものを動かすことです。
管の中に軽い羽根車を入れておくと、陰極線が当たった側から羽根車が回り出します。
これは、運動量をもった粒が飛んでいる証拠になります。ただの光であれば、これほどはっきりとは回りません。
3 つ目が、いま見た電場で曲がることです。
まっすぐ飛び、ぶつかると相手を動かし、電気を帯びている——
ここまでで正体はかなり絞られました。あとはどれくらい重く、どれくらいの電気をもつのかを数で出すだけです。
電場だけをかけた場合を式にします。極板のあいだで電子は上向きの力を受け、放物線を描いて曲がります。
極板の長さを \(l\)〔m〕、極板の中心から蛍光板までの距離を \(L\)〔m〕とします。
蛍光板の上でのずれを \(y\)〔m〕とすると、ずれは次の式で表されます。
$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$
この式には、いま知りたい比電荷 \(\dfrac{e}{m}\) が入っています。
ですから、ずれ \(y\) を測れば比電荷が出せそうに見えます。
ところが、右辺には速さ \(v\) が残っています。
この \(v\) は、陰極にかける電圧の大きさでいくらでも変わる量で、まだ測っていません。
つまり式は立ったのに、未知数が \(\dfrac{e}{m}\) と \(v\) の 2 つあって解けません。これをどう外すかが、次の山です。
トムソンの工夫はここからです。じゃまな \(v\) を、別の測定で先に決めてしまいます。
電場はそのままにして、同じ場所に磁場を加えます。
磁場から受ける力が、電場から受ける力と逆向きになるように、磁場の向きを選びます。
磁場を強くしていくと曲がりがだんだん戻り、あるところでビームがまっすぐになります。下の図で、磁場のスライダーを 0 から上げていくと確かめられます。
まっすぐ進んだということは、上向きの力と下向きの力がつりあったということです。
電気力は \(eE\)、磁気力は \(evB\) ですから、つりあいの式はこうなります。
$$ eE = evB $$
両辺に共通の \(e\) が消えて、速さが決まります。
$$ v = \frac{E}{B} $$
\(E\) も \(B\) も、こちらでかけた値なので分かっています。測れる 2 つの量だけで、速さが決まってしまいました。
では磁場を切って電場だけに戻し、蛍光板の上のずれ \(y\) を測ります。
ここで、さきほど出した速さの式を、ずれの式に代入します。
$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$
代入するのはこれです。
$$ v = \frac{E}{B} $$
\(v\) は 2 乗の位置にあるので、\(v^{2} = \dfrac{E^{2}}{B^{2}}\) が入ります。分母に分数が来るので、割り算はひっくり返して掛け算になります。
整理すると、比電荷はこの形になります。
$$ \frac{e}{m} = \frac{Ey}{B^{2}lL} $$
右辺に並んでいるのは、電場 \(E\)、ずれ \(y\)、磁場 \(B\)、極板の長さ \(l\)、距離 \(L\) だけです。
どれもこちらで測れる量なので、比電荷が数として出ます。
出てきた値がこれです。
$$ \frac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\ \text{C/kg} $$
トムソンはこの値から、陰極線の粒が水素イオンよりずっと軽いことを言い当てました。
\(\dfrac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\) C/kg
この \(1.76\times10^{11}\) という数が、当時なぜ衝撃だったのかを見ておきます。
くらべる相手は水素イオンの比電荷です。
水素イオンの比電荷は、電気分解の測定からすでに分かっていました。
その値はおよそこれです。
$$ \frac{e}{m} \fallingdotseq 9.6\times10^{7}\ \text{C/kg} $$
割り算をすると、陰極線の比電荷は水素イオンのおよそ 1836 倍になります。
$$ \frac{1.76\times10^{11}}{9.6\times10^{7}} \fallingdotseq 1836 $$
電気量が同じだとすれば、質量が 1836 分の 1だということです。
当時、水素原子はいちばん軽い原子だと考えられていました。
その 1800 分の 1 しかない粒が、管の中を飛んでいる——
つまり、原子より小さいものがある。原子は「それ以上分けられないもの」という意味の名前でしたから、これは前提をひっくり返す発見でした。
ここで一度立ち止まります。この単元でいちばん大事なところです。
比電荷が分かったのだから、質量も分かった——と言いたくなります。
しかし分かったのは、電気量を質量で割った値ひとつだけです。
たとえば電気量が 2 倍で質量も 2 倍の粒を考えても、割り算の答えは変わりません。
$$ \frac{2e}{2m} = \frac{e}{m} $$
比が同じ組み合わせは、いくらでもあります。比電荷は「どんな粒か」を 1 つに絞りきれないのです。
ですから、\(\dfrac{e}{m}\) だけでは電子 1 個の質量 \(m\) は決まりません。
必要なのは、電気量 \(e\) そのものを別の実験で測ることです。
それをやったのがミリカンでした。次の枚で見ます。
\(e\) そのものを別に測るしかない
ミリカンは、霧吹きでつくった油の粒を 2 枚の水平な極板のあいだに落としました。
霧吹きから出るとき、油の粒は摩擦で少しだけ電気を帯びています。
そこに電圧をかけて、粒が空中でぴたりと止まるように電場を調整します。
止まったということは、下向きの重力と上向きの電気力がつりあったということです。
つりあいの式はこれです。
$$ mg = qE $$
ここでの \(m\) は油の粒の質量、\(q\) はその粒がもつ電気量、\(g\) は重力加速度です。
油の粒の質量は、電圧を切って落としたときの終端速度から別に求められます。ですから、この式から電気量 \(q\) が計算できます。
ここからが驚きです。たくさんの粒で測った \(q\) は、どれもある決まった値の整数倍になっていました。
$$ q = ne \qquad (n = 1,\ 2,\ 3,\ \dots) $$
その最小の値が電気素量です。
$$ e = 1.60\times10^{-19}\ \text{C} $$
電気には、それ以上こまかく分けられない最小の単位があったのです。
測った \(q\) は、どれも整数倍
ミリカンの実験について、細かいところを 2 つだけ見ておきます。
1 つ目は、なぜ油の粒なのかです。
水の粒だと、測っているあいだに蒸発して質量が変わってしまいます。
油なら蒸発しないので、同じ粒を何時間でも追いかけられます。ミリカンは 1 個の粒を何時間も観察し続けました。
2 つ目は、粒の質量をどうやって出したのかです。
電圧を切ると粒は落ち始めますが、空気の抵抗ですぐに一定の速さになります。これを終端速度といいます。
終端速度では、下向きの重力と上向きの抵抗力がつりあっています。
抵抗力は速さに比例するので、つりあいの式はこう書けます。
$$ mg = kv $$
\(k\) は粒の大きさと空気で決まる比例定数です。
落ちる速さを測れば、粒の質量が出る——これで \(q = \dfrac{kv}{E}\) が計算できます。
速さを測れば \(m\) が出る
最後に、電子をどう取り出すかにふれておきます。
金属の中には自由に動ける電子がありますが、ふつうは外に出てきません。
外に出るには、ある決まった大きさのエネルギーが要ります。
その与え方は 2 つあります。
1 つは熱です。金属を高温にすると電子が飛び出します。
これを熱電子放出といい、真空管やブラウン管はこれを使っています。このページの図の陰極も、熱電子放出で電子を出しています。
もう 1 つは光です。金属に光を当てると電子が飛び出します。
これを光電子放出といいます。
この光による方が、次の単元「光の粒子性」で量子の考え方につながっていきます。光を強くしても電子が飛び出さないのに、色を変えると飛び出す——という不思議が待っています。
ここでひとつ確かめます。比電荷が分かれば電子の質量も分かる、と思ってしまいがちですが、そうではありません。なぜ比だけでは足りないのかを、はっきりさせておきます。
ここで 1 つ確かめておきます。
ミリカンが測ったのは、あくまで油の粒がもつ電気量です。
では、なぜそれが電子 1 個の電気量だと言えるのでしょうか。少し考えてみてください。
答えは、測った値がすべて整数倍だったからです。
霧吹きから出た油の粒にくっついた電子の個数は、粒ごとにばらばらのはずです。
それなのに電気量は、ある値の 1 倍、2 倍、3 倍…にしかなりませんでした。
これは、その値こそが電子 1 個ぶんの電気量である証拠になります。
整数倍しか出てこないこと自体が、最小単位の存在を示している——ミリカンの実験がすごいのは、この一点です。
入試で出る形で、一度だけ数を入れておきます。
極板の長さを \(l = 0.10\) m、極板の中心から蛍光板までを \(L = 0.30\) m とします。
電場を \(E = 1.0\times10^{4}\) V/m、電子の速さを \(v = 2.0\times10^{7}\) m/s とします。
使うのは、さきほどのずれの式です。
$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$
まず比電荷に \(1.76\times10^{11}\) を入れます。
次に \(E = 1.0\times10^{4}\)、\(l = 0.10\)、\(L = 0.30\) を入れます。
分母の \(v^{2}\) は \((2.0\times10^{7})^{2} = 4.0\times10^{14}\) です。
計算すると、こうなります。
$$ y \fallingdotseq 0.13\ \text{m} = 13\ \text{cm} $$
数センチの装置で 10 cm 以上ずれるので、目で見て測れるわけです。トムソンがこの方法で測りきれたのは、ずれがこれだけ大きく出るからです。
\(y \fallingdotseq 0.13\) m = 13 cm
最後に、2 つの実験がどうつながって質量を決めたのかを 1 本の式に戻し、出てきた数がどれくらい小さいのかを、陽子とくらべて確かめます。
では、2 つの実験をつなぎます。
トムソンの実験から、比電荷が分かっています。
$$ \frac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\ \text{C/kg} $$
ミリカンの実験から、電気素量が分かっています。
$$ e = 1.60\times10^{-19}\ \text{C} $$
質量は、電気量を比電荷で割れば出ます。
$$ m = e \div \frac{e}{m} $$
計算すると、こうなります。
$$ m = 9.11\times10^{-31}\ \text{kg} $$
この値は、陽子の質量のおよそ 1836 分の 1 です。
同じ原子の中にいながら、電子と陽子では重さがこれほど違います。原子の質量のほとんどは、原子核が担っているということでもあります。
比を測る実験と、片方を測る実験。この 2 つがそろって初めて、目に見えない粒 1 個の重さが決まりました。
\(m = 9.11\times10^{-31}\) kg