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電子の重さは、どうやって量ったのか

🎯 1. この解説でわかること

電子 1 個の重さは、およそ 1 兆分の 1 の、さらに 1 兆分の 1 の、さらに 10 億分の 1 グラムです。てんびんに載せることも、目で見ることもできないこの粒の質量を、人類は 100 年以上前に量りきっています。どうやって量ったのでしょうか。このページでは、トムソンが比電荷を測った実験と、ミリカンが電気素量を測った実験の 2 つをたどります。大事なのは、どちらか一方だけでは質量が出ないことです。2 つがそろって初めて、電子 1 個の質量が決まります。

下の図はクルックス管です。左の陰極から飛び出した電子が、スリットを通ってまっすぐ右へ進み、右端の蛍光板に当たって光ります。スライダー「電場 E」を動かすと、極板のあいだに電場がかかってビームが曲がります。曲がる向きは上、つまりプラスの極板の側です。電子がマイナスの電気をもっている証拠です。そのまま「磁場 B」を上げていくと、曲がりがだんだん戻り、250 μT ちょうどでまっすぐになります。このとき電気力と磁気力がつりあっていて、図の下に \(v = E/B\) の値が出ます。電場だけ・磁場だけ・両方の 3 つの状態を行き来して、まっすぐになるのは 1 か所だけであることを確かめてください。

電子 1 個の質量は $$ m = 9.11\times10^{-31}\ \text{kg} $$ です。小数点以下に 0 が 30 個並ぶ数で、1 兆分の 1 のさらに 1 兆分の 1 の、さらに 10 億分の 1 グラムにあたります。

この粒はてんびんに載せられませんし、目で見ることもできません。それなのに、なぜ質量が分かるのでしょうか。

答えは、2 つの実験を掛け合わせたからです。どちらか一方だけでは足りません。

1 つ目がトムソンの実験です。ここで分かるのは電気量と質量の比、\(\dfrac{e}{m}\) で、これを比電荷といいます。

2 つ目がミリカンの実験です。ここで分かるのは電気量そのもの、\(e\) です。

比が分かっていて、その片方が分かれば、もう片方は決まります。\(\dfrac{e}{m}\) と \(e\) がそろえば \(m\) が出る、という筋です。

式で書けば、質量は割り算 1 回で出てきます。$$ m = e \div \frac{e}{m} $$このページでは、この 2 つの実験を順にたどります。

使う考え方:電子・陰極線・比電荷・トムソン・ミリカン・電気素量・原子

📐 2. 解説

ここからが本題です。電子の質量にたどり着く道すじは 3 段階あります。まず陰極線を電場で曲げます。ずれの大きさから比電荷が出せそうに見えますが、式に速さ \(v\) が残ってしまいます。次に磁場を足してビームをまっすぐに戻します。このつりあいから速さが \(v = E/B\) と決まり、じゃまだった \(v\) が式から消えます。最後にミリカンの実験で電気素量を測り、比電荷と組み合わせて質量を出します。

解説 ①

電子が見つかったときの装置から見ていきます。クルックス管という、ガラスでできた真空管です。

管の中の空気をうすくして、両端に高い電圧をかけます。空気が入ったままだと放電が起きてしまうので、うすくするのが要点です。

すると陰極から何かが飛び出し、反対側の蛍光板に当たって光ります。途中に物を置くと影ができるので、まっすぐ飛ぶ何かが出ていることが分かります。

この「何か」を陰極線といいます。

ここで極板に電圧をかけて電場をつくると、ビームはプラスの極板の側へ曲がります。

プラスに引かれるのですから、飛んでいるのはマイナスの電気をもった粒です。これが電子です。

ただし、ここまでで分かったのは「マイナスの粒である」ことだけです。1 個の重さも、1 個がもつ電気量も、まだ分かりません。

そこでトムソンは、曲がり方を数で測ることにしました。次からが、その測り方です。

解説 ①

曲がり方を測る前に、陰極線について分かっていたことを並べておきます。

1 つ目は、まっすぐ進むことです。

管の途中に十字の形をした板を置くと、蛍光板にくっきりと十字の影ができます。光と同じように、かげをつくるのです。

2 つ目は、当たったものを動かすことです。

管の中に軽い羽根車を入れておくと、陰極線が当たった側から羽根車が回り出します。

これは、運動量をもった粒が飛んでいる証拠になります。ただの光であれば、これほどはっきりとは回りません。

3 つ目が、いま見た電場で曲がることです。

まっすぐ飛び、ぶつかると相手を動かし、電気を帯びている——

ここまでで正体はかなり絞られました。あとはどれくらい重く、どれくらいの電気をもつのかを数で出すだけです。

解説 ②

電場だけをかけた場合を式にします。極板のあいだで電子は上向きの力を受け、放物線を描いて曲がります。

極板の長さを \(l\)〔m〕、極板の中心から蛍光板までの距離を \(L\)〔m〕とします。

蛍光板の上でのずれを \(y\)〔m〕とすると、ずれは次の式で表されます。

$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$

この式には、いま知りたい比電荷 \(\dfrac{e}{m}\) が入っています。

ですから、ずれ \(y\) を測れば比電荷が出せそうに見えます。

ところが、右辺には速さ \(v\) が残っています。

この \(v\) は、陰極にかける電圧の大きさでいくらでも変わる量で、まだ測っていません。

つまり式は立ったのに、未知数が \(\dfrac{e}{m}\) と \(v\) の 2 つあって解けません。これをどう外すかが、次の山です。

解説 ③

トムソンの工夫はここからです。じゃまな \(v\) を、別の測定で先に決めてしまいます。

電場はそのままにして、同じ場所に磁場を加えます。

磁場から受ける力が、電場から受ける力と逆向きになるように、磁場の向きを選びます。

磁場を強くしていくと曲がりがだんだん戻り、あるところでビームがまっすぐになります。下の図で、磁場のスライダーを 0 から上げていくと確かめられます。

まっすぐ進んだということは、上向きの力と下向きの力がつりあったということです。

電気力は \(eE\)、磁気力は \(evB\) ですから、つりあいの式はこうなります。

$$ eE = evB $$

両辺に共通の \(e\) が消えて、速さが決まります。

$$ v = \frac{E}{B} $$

\(E\) も \(B\) も、こちらでかけた値なので分かっています。測れる 2 つの量だけで、速さが決まってしまいました。

解説 ④

では磁場を切って電場だけに戻し、蛍光板の上のずれ \(y\) を測ります。

ここで、さきほど出した速さの式を、ずれの式に代入します。

$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$

代入するのはこれです。

$$ v = \frac{E}{B} $$

\(v\) は 2 乗の位置にあるので、\(v^{2} = \dfrac{E^{2}}{B^{2}}\) が入ります。分母に分数が来るので、割り算はひっくり返して掛け算になります。

整理すると、比電荷はこの形になります。

$$ \frac{e}{m} = \frac{Ey}{B^{2}lL} $$

右辺に並んでいるのは、電場 \(E\)、ずれ \(y\)、磁場 \(B\)、極板の長さ \(l\)、距離 \(L\) だけです。

どれもこちらで測れる量なので、比電荷が数として出ます。

出てきた値がこれです。

$$ \frac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\ \text{C/kg} $$

トムソンはこの値から、陰極線の粒が水素イオンよりずっと軽いことを言い当てました。

\(\dfrac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\) C/kg

解説 ④

この \(1.76\times10^{11}\) という数が、当時なぜ衝撃だったのかを見ておきます。

くらべる相手は水素イオンの比電荷です。

水素イオンの比電荷は、電気分解の測定からすでに分かっていました。

その値はおよそこれです。

$$ \frac{e}{m} \fallingdotseq 9.6\times10^{7}\ \text{C/kg} $$

割り算をすると、陰極線の比電荷は水素イオンのおよそ 1836 倍になります。

$$ \frac{1.76\times10^{11}}{9.6\times10^{7}} \fallingdotseq 1836 $$

電気量が同じだとすれば、質量が 1836 分の 1だということです。

当時、水素原子はいちばん軽い原子だと考えられていました。

その 1800 分の 1 しかない粒が、管の中を飛んでいる——

つまり、原子より小さいものがある。原子は「それ以上分けられないもの」という意味の名前でしたから、これは前提をひっくり返す発見でした。

解説 ⑤

ここで一度立ち止まります。この単元でいちばん大事なところです。

比電荷が分かったのだから、質量も分かった——と言いたくなります。

しかし分かったのは、電気量を質量で割った値ひとつだけです。

たとえば電気量が 2 倍で質量も 2 倍の粒を考えても、割り算の答えは変わりません。

$$ \frac{2e}{2m} = \frac{e}{m} $$

比が同じ組み合わせは、いくらでもあります。比電荷は「どんな粒か」を 1 つに絞りきれないのです。

ですから、\(\dfrac{e}{m}\) だけでは電子 1 個の質量 \(m\) は決まりません。

必要なのは、電気量 \(e\) そのものを別の実験で測ることです。

それをやったのがミリカンでした。次の枚で見ます。

\(e\) そのものを別に測るしかない

解説 ⑥

ミリカンは、霧吹きでつくった油の粒を 2 枚の水平な極板のあいだに落としました。

霧吹きから出るとき、油の粒は摩擦で少しだけ電気を帯びています。

そこに電圧をかけて、粒が空中でぴたりと止まるように電場を調整します。

止まったということは、下向きの重力と上向きの電気力がつりあったということです。

つりあいの式はこれです。

$$ mg = qE $$

ここでの \(m\) は油の粒の質量、\(q\) はその粒がもつ電気量、\(g\) は重力加速度です。

油の粒の質量は、電圧を切って落としたときの終端速度から別に求められます。ですから、この式から電気量 \(q\) が計算できます。

ここからが驚きです。たくさんの粒で測った \(q\) は、どれもある決まった値の整数倍になっていました。

$$ q = ne \qquad (n = 1,\ 2,\ 3,\ \dots) $$

その最小の値が電気素量です。

$$ e = 1.60\times10^{-19}\ \text{C} $$

電気には、それ以上こまかく分けられない最小の単位があったのです。

測った \(q\) は、どれも整数倍

解説 ⑥

ミリカンの実験について、細かいところを 2 つだけ見ておきます。

1 つ目は、なぜ油の粒なのかです。

水の粒だと、測っているあいだに蒸発して質量が変わってしまいます。

油なら蒸発しないので、同じ粒を何時間でも追いかけられます。ミリカンは 1 個の粒を何時間も観察し続けました。

2 つ目は、粒の質量をどうやって出したのかです。

電圧を切ると粒は落ち始めますが、空気の抵抗ですぐに一定の速さになります。これを終端速度といいます。

終端速度では、下向きの重力と上向きの抵抗力がつりあっています。

抵抗力は速さに比例するので、つりあいの式はこう書けます。

$$ mg = kv $$

\(k\) は粒の大きさと空気で決まる比例定数です。

落ちる速さを測れば、粒の質量が出る——これで \(q = \dfrac{kv}{E}\) が計算できます。

速さを測れば \(m\) が出る

解説 ⑦

最後に、電子をどう取り出すかにふれておきます。

金属の中には自由に動ける電子がありますが、ふつうは外に出てきません。

外に出るには、ある決まった大きさのエネルギーが要ります。

その与え方は 2 つあります。

1 つは熱です。金属を高温にすると電子が飛び出します。

これを熱電子放出といい、真空管やブラウン管はこれを使っています。このページの図の陰極も、熱電子放出で電子を出しています。

もう 1 つは光です。金属に光を当てると電子が飛び出します。

これを光電子放出といいます。

この光による方が、次の単元「光の粒子性」で量子の考え方につながっていきます。光を強くしても電子が飛び出さないのに、色を変えると飛び出す——という不思議が待っています。

🧮 3. 確かめ

ここでひとつ確かめます。比電荷が分かれば電子の質量も分かる、と思ってしまいがちですが、そうではありません。なぜ比だけでは足りないのかを、はっきりさせておきます。

確かめ

ここで 1 つ確かめておきます。

ミリカンが測ったのは、あくまで油の粒がもつ電気量です。

では、なぜそれが電子 1 個の電気量だと言えるのでしょうか。少し考えてみてください。

確かめ

答えは、測った値がすべて整数倍だったからです。

霧吹きから出た油の粒にくっついた電子の個数は、粒ごとにばらばらのはずです。

それなのに電気量は、ある値の 1 倍、2 倍、3 倍…にしかなりませんでした。

これは、その値こそが電子 1 個ぶんの電気量である証拠になります。

整数倍しか出てこないこと自体が、最小単位の存在を示している——ミリカンの実験がすごいのは、この一点です。

確かめ

入試で出る形で、一度だけ数を入れておきます。

極板の長さを \(l = 0.10\) m、極板の中心から蛍光板までを \(L = 0.30\) m とします。

電場を \(E = 1.0\times10^{4}\) V/m、電子の速さを \(v = 2.0\times10^{7}\) m/s とします。

使うのは、さきほどのずれの式です。

$$ y = \frac{e}{m}\cdot\frac{El}{v^{2}}\,L $$

まず比電荷に \(1.76\times10^{11}\) を入れます。

次に \(E = 1.0\times10^{4}\)、\(l = 0.10\)、\(L = 0.30\) を入れます。

分母の \(v^{2}\) は \((2.0\times10^{7})^{2} = 4.0\times10^{14}\) です。

計算すると、こうなります。

$$ y \fallingdotseq 0.13\ \text{m} = 13\ \text{cm} $$

数センチの装置で 10 cm 以上ずれるので、目で見て測れるわけです。トムソンがこの方法で測りきれたのは、ずれがこれだけ大きく出るからです。

\(y \fallingdotseq 0.13\) m = 13 cm

🔑 4. まとめ

最後に、2 つの実験がどうつながって質量を決めたのかを 1 本の式に戻し、出てきた数がどれくらい小さいのかを、陽子とくらべて確かめます。

では、2 つの実験をつなぎます。

トムソンの実験から、比電荷が分かっています。

$$ \frac{e}{m} = 1.76\times10^{11}\ \text{C/kg} $$

ミリカンの実験から、電気素量が分かっています。

$$ e = 1.60\times10^{-19}\ \text{C} $$

質量は、電気量を比電荷で割れば出ます。

$$ m = e \div \frac{e}{m} $$

計算すると、こうなります。

$$ m = 9.11\times10^{-31}\ \text{kg} $$

この値は、陽子の質量のおよそ 1836 分の 1 です。

同じ原子の中にいながら、電子と陽子では重さがこれほど違います。原子の質量のほとんどは、原子核が担っているということでもあります。

比を測る実験と、片方を測る実験。この 2 つがそろって初めて、目に見えない粒 1 個の重さが決まりました。

\(m = 9.11\times10^{-31}\) kg